イニエスタ「クレイジー」と評したPK戦末に神戸がゼロックス杯初V。なぜスペイン至宝の存在感が際立っているのか?
12日にはクラブの歴史上で初めて臨む、AFCチャンピオンズリーグ(ACL)が幕を開ける。マレーシア王者ジョホール・ダルル・タクジムを、ホームのノエビアスタジアム神戸へ迎えるグループリーグ初戦を控えるなかで、中3日の日程など問題ないとばかりにイニエスタはピッチ上で躍動した。 JリーグとACLとでは、実は外国籍選手の出場枠が大きく異なる。無制限に登録でき、ベンチ入りおよび出場できる枠が「5」の前者に対して、後者は登録、ベンチ入り、出場がすべて「3」となる。さらには一度登録されれば、決勝トーナメント1回戦を終えるまで変更できない。 現時点で5人の外国籍選手を擁するヴィッセルは、ポイントゲッターのドウグラス、ベルギー代表DFトーマス・フェルマーレン、そしてイニエスタを登録した。5月に36歳になるイニエスタに関しては、ACLを同時に戦う過密日程がコンディションに与える影響を懸念する声も少なくなかった。 実際、清水エスパルスでプレーした昨シーズンの開幕前に不整脈を患い、大きく出遅れた苦い経験をもつ32歳のドウグラスは、後半19分にベンチへ退いている。ジョホール戦をにらんだ起用法と見られるなかで、チーム最年長のイニエスタはどこ吹く風とばかりにフル出場し、プレッシャーのかかる1番手で登場したPK戦ではゴール左隅へ正確無比な一撃を突き刺している。 「シーズンの最初はコンディションをあげていくのが難しいし、それが一発勝負の舞台になればなおさらだが、目の前にマリノスという素晴らしいチームがいる。非常に厳しい試合を余儀なくさせられる相手という意味で、個人としてもチームとしても素晴らしいパフォーマンスを見せられたと思う」
モチベーションを高ぶらせる理由は、昨シーズンの後半から右肩上がりに転じた軌跡にある。6月から指揮を執るトルステン・フィンク監督の指導力に、夏の移籍期間にバルセロナからフェルマーレン、ハンブルガーSVから元日本代表の酒井高徳、マリノスからはベテランGK飯倉大樹が加わった。 最終ラインを4バックから、左からフェルマーレン、大崎玲央、ブラジル人のダンクレーで形成される3バックに変更。アンカーにバルセロナ出身のセルジ・サンペール、左右のウイングバックに酒井と西大伍が入る[3-5-2]システムのインサイドハーフとしてイニエスタも躍動する。 「このクラブに来て1年半ぐらいが経ち、いい時期もあれば悪い時期もあったなかで、こうした形でタイトルを取れた。クラブがさらに成長していくための、重要な分岐点になると感じている」 手応えが確信へと変わったのだろう。天皇杯を制した直後の祝勝会前に行われた記者会見で、イニエスタはこんな言葉を残している。オフの間に帰国した母国スペインでは、バルセロナ市内で参加したイベントで「ヴィッセル神戸で引退したい」と、胸中に秘めた思いを初めて明かしている。 日本代表デビューを果たしたFW古橋亨梧、インサイドハーフを組む山口を含めた仲間たちへ、大きな期待を抱いている証と言っていい。フロントも今オフは継続を優先させ、ダビド・ビジャが引退し、ルーカス・ポドルスキが退団した一方で、即戦力の補強はドウグラスだけにとどめている。 2トップの一角に入ったブラジル人ストライカーが、自らのスルーパスから初陣で初ゴールをゲット。J1通算で46ゴールをあげた実力を早くも発揮し、3失点こそ喫したものの、昨シーズンのリーグ戦で2戦2敗だったマリノスに勝ったとなれば、イニエスタの言葉も弾んでくる。 「ACL、そしてリーグ戦とこれから戦いが始まるなかで、しっかりと地に足をつけて、自分たちが置かれた状況を冷静に見極めていきたい。私自身は今シーズンを本当に素晴らしい1年にすることができると思っているし、目の前に待ついろいろな挑戦に向かい合いながら1試合1試合を戦って、シーズンが終わるまで自分たちの力を試していきたい」 32個ものタイトルを獲得したバルセロナでの16シーズンを、イニエスタは「勝者のプロジェクトに関わってきた」と位置づける。しかも、プロジェクトは場所と所属先を変えて、稀代のプレーメイカーのなかで継続されている。来日して3年目。まだまだ強くなる余地を残すヴィッセルの心臓部で、イニエスタが奏でる鼓動はいままで以上に強く、そして眩い輝きを放とうとしている。 (文責・藤江直人/スポーツライター)