「103万円の壁」崩壊で起きること、「妻の働き控え」で世帯の手取りに1.6億円超の差
私も“壁の中にいると得”だと刷り込まれてきた
また、(3)「壁」をもっと超えて年収200万円で働く場合は、夫の配偶者手当の受給は220万円から0円へ、 配偶者控除などの恩恵は200万円から20万円へそれぞれ縮小されるものの、妻の給与所得は約1600万円、年金所得も約1000万円も増え、(1)より合計2200万円の手取り増となることも明らかにされた。 つまり、配偶者控除などの“目先の特典”はなくなっても、賃金総額も老後の年金もかなり増えるため、「壁」を飛び越えて働くほど、生涯では世帯として「お得」になるのだ。 この調査を主導した矢田稚子首相補佐官 は言う。 「女性で最も多いのは、出産後に再就職しても『年収の壁』の中で働く人。私自身もそうだが、『年収の壁の中にいるとお得ですよ』と刷り込まれてきた。そういう人が特に40~50歳代には多い。でも、実際は就業継続した場合と比べて「壁」の内だと1億4000万円も違うことを可視化できました」(矢田首相補佐官 ) 手取りを増やすため「年収の壁」をどう動かすかが政党間で議論されているが、本気で手取りを増やしたいなら、「壁」に合わせて働くのでなく、「壁」を超えて働くほど効果があるということだ。特に老後の年金を増やす観点からも、後者の方が断然「お得」であることが示された。 こうした実態は民間調査などでも断片的に指摘されてきたが、女性の多くは今も「壁」の中にとどまっている。日本でも20~50歳代の就労率は約8割と高い水準だが、女性就労者の53%は非正規。男性の約2割より圧倒的に多い。
性別役割分業、現代では「合理性ない」
その結果、男女の賃金格差が先進国のなかでも大きく、労働者の約半分を占める女性が低賃金である状況が日本全体の賃金アップを難しくしている。 さらには、女性の働き控えが深刻な人手不足、消費の低迷、老後の生活資金の不安などにもつながっていることが見えてきた。 「1986年に男女雇用機会均等法が施行されて、女性労働者が性別により差別されない社会を目指すことになった。ところが同時に、サラリーマンに扶養される専業主婦は年金保険料を納めなくていいとする第三号被保険者制度も作られるなど、『内助の功』に特典をつけてきたのではないか。 こうした仕組みが、女性は家庭にいた方がいい、働くなら扶養のなかがお得、というアンコンシャス・バイアスを作ってきたと思う」 と矢田首相補佐官は指摘する。アンコンシャス・バイアスとは、実態とは違っていても信じられている「無意識の偏見」のことだ。 「女性は家庭を守るもの」「子どもが大きくなったら少し働くのでいい」などの考え方は、戦後に広がった「夫は稼ぎ、妻は家事育児」という男女役割分担を反映したもので、高度経済成長を下支えした。ところが少子高齢化で労働力人口が減る今、「合理性のない思い込み」になっているという。
榊原智子