「カペラ ウブド」にみた高級な野性
バリ島の森に潜む「カペラ ウブド」は強烈な個性を放つホテル。定型化した南国リゾートとは違うバカンスを過ごしたい人にうってつけの場所だ。お薦めする理由を宿泊記でお伝えする。 【写真を見る】森の中にあるリゾートの様子
ぶっとんだホテルを探している人へ
一昨年頃からの海外旅行は、“せっかく海外まで行くなら”と、突出した目的を設ける人が増えている気がする。それは、街一番のレストランを予約するとか、特別な試合を観るとか色々だが、日本にはないような、“ぶっとんだホテル”に泊まることも目当てのひとつ。そんな嗜好をもつ人におすすめするのが、バリの「カペラ ウブド」である。 まだ日本でのなじみは薄いが、「カペラ・ホテルズ&リゾーツ」は海外のホテル好きの間では一目おかれる存在。シンガポールに本社をもち、現在はアジアに7軒を開業済み。2025年夏には日本初上陸として京都に開業予定だ。土地柄を色濃く出すラグジュアリーホテルで、デザインは個々でガラリと変わるため、それぞれが独立したブティックホテルのようでもある。 筆者もいまではカペラの大ファンだ。シンガポールのホスピタリティに惚れ、上海のノスタルジックさに魅せられ、バンコクのお籠りムードでとどめをさされた。バンコクから気持ちが盛り上がり、昨秋は2018年夏に開業した「カペラ ウブド」を目がけてバリに飛んだ。ずっと、その上空写真の神秘的な雰囲気が気になっていた。 ■木を1本も切っていないリゾート 「カペラ ウブド」に着くと、そこに豪勢な門やロビーはなく、山の通過点のような小ぢんまりした門がある。2018年開業というのが意外なほど、ずいぶん前からある雰囲気。苔むした石段の頭上には、木々が鬱蒼と茂っている。 門をくぐってからはコンクリートの地面はなく、石畳かデッキ。大きな建物は何も見えない。23ある客室は、22室がテントで1室がロッジだ。全体が、まるで山の一部分を借りているといった造りだ。なぜそうなったかといえば、「カペラ ウブド」は、木を1本も伐採せずに作ったリゾートだから。そのため斜面が多く、下のテントに泊まれば足腰が鍛えられる。エレベーターはないと、聞かなくても分かるワイルドさだった。 ロビーもラウンジも大きなテントで、柱はあるものの解体しやすい造り。何年も続くリゾートでありながら、いつか森に戻ると想像させる。それでいて、ラグジュアリーかつ妖艶。バリの精巧な彫刻が飾られ、天井にはローカルアーティストによるペインティングが施されている。 オーナーはインドネシアの鉄鋼王でありアートコレクター。もともとアートを収蔵する隠れ家を建てるつもりで森を購入したが、あまりに素晴らしいロケーションのためホテルにして多くの人に見せようとプランを変えた。彼自身がこの森の大自然に惚れ込んだこともあり、木を伐採しないホテル造りとなった。 設計はビル・ベンスリー。カリフォルニアに生まれハーバード大学大学院で建築を学んだ彼は、「ベンスリーが作れば面白いホテルになるだろう」と思わせるホテル界の鬼才だ。 「80年代初頭に初めてバリに足を踏み入れたとき、私は恋に落ちた」と公言し、1990年にはバリにスタジオを開設している。頻繁に訪れ創作活動を続けていたものの、これまでバリで手がけたホテルはなく、初となるのが「カペラ ウブド」だ。凡庸な高級ホテルになるわけがなかった。デザインのテーマは“1800年代初頭のバリでの冒険”であり、熱帯雨林の野性にタイムスリップ感が入り混じる。 ■クレイジーな高級テントにはまる 客室となるテントは、驚くほど贅沢で個性が炸裂していた。全テントが173㎡以上で広いテラスとプライベートプールつき。各テントに「キャプテンズ テント」「フォトグラファーズ テント」といった名前がつき、名前に沿うデザインが内装に施されている。 今回は「プリンセス テント」に宿泊した。テントの扉へ行くまでに吊り橋があり、けっこう揺れるので自室へ行くだけで冒険気分になる。木々に覆われたテントは、世界から隠されてしまったような場所で、非日常の極み。いや、非現実といった方が合う。怪しげなサーカスの団長の控室のようで、映画のセットと言われても腑に落ちる。 菓子やフルーツの隣に置かれていたのは、生姜を漬け込んだコニャック。ウェルカムドリンクが渋い。冷蔵庫は木彫りの宝箱(トランク)の中にあるし、ローブはギラギラしているし、ここに泊まることはコスプレのような楽しさがあるかもしれない。一番クレイジーなのはバスルームだ。ブロンズのバスタブと高さ2.5mはある王様椅子型トイレが並び、初見はつい笑ってしまう。しかし、このバスルームにかなりの予算をかけていることも同時に分かる。 ユニークなだけではなく、きっちり洗練されていた。洗面の木箱には手作りのオーガニックソープが6種入り、どれを使おうか悩む時間までもいい。テラスには大きなデイベッドがあり、そこに用意されたジェンガをお酒片手に楽しむのも最高だ。階段を降りた先には森の中のオアシスのようなプールがあり、そこに入れば動物の水浴び気分。ここはリゾートにして近代的なものが最小限なので、ワイルドさが強みである。 テントだから窓の開閉が自動なわけでもなく、滞在中にひと手間必要なこともいくつかある。人によっては、他の外資系ラグジュアリーホテルに泊まった方が快適と思うだろう。それでも、「カペラ ウブド」のテントでしか得られない体験のインパクトはかなり大きい。一度あの世界観を知ると、他じゃもの足りないと感じる人もいるはずだ。 ■どの瞬間も絵になり、食事がきっちり美味しい いつからかリゾートはインフィニティプールが大定番となったが、ここが好きなのはそうじゃなくても格好いいと証明したこと。この立地でインフィニティプールを作る場合、エッジの先の木を切らないといけないからやめたのかもしれない。木が生える間隔に合わせたプールだから、そこまで大きくはない。貯水タンクのようであり、仰向けに浮かべば美しいヤシの葉が目に映る。 隠れ家にする予定だった場所だから、パブリックスペースはそう多くない。飲食は2つのレストランにプールサイドのバー、ラウンジ、焚き火ラウンジで、他はスパとジム。屋内スペースはすべてテントである。 「カペラ ウブド」への再訪を願っているのは、「マッズ ラング」のインドネシア料理がとても美味しかったことも大きな理由だ。23室という小規模リゾートだから、食事もクオリティをコントロールしやすく、手作りが多くなるのだろう。 インドネシア料理はサンバルをはじめとする多彩なソースが魅力のひとつだが、ここでは手作りのサンバルが複数種類あるのが嬉しい。ガドガド(温野菜)のピーナッツソースの塩梅も素晴らしく、ラグジュアリーホテルには珍しいローカル感があった。 インドネシア料理は日本ではあまり知られていないジャンルだが、発酵食品やハーブを多く使い、酸味や旨味のバランスもよく、汁ものも多いので、日本人の口に合うと思う。そう実感したのも、「カペラ ウブド」の伝統料理がハイレベルだったからだ。このレストランはビジターも利用できるので、泊まるのが難しくてもぜひ試していただきたい。プールを見下ろす眺めも本当に気持ちがよい。 なお、ディナーの別の選択肢はOMAKASEを謳うコースを提供する「アピ・ジワ」。地元食材を使ったコンテンポラリーな料理が斬新だ。 万人受けとは言えないが、自分にとって「カペラ ウブド」はバリで最も記憶に残る一軒となった。木を1本も切らない高級リゾートという嘘みたいな場所が存在していた。俗世断ちのような森の時間と、パートナーを喜ばせる贅沢が入り混じる。 いまHPで料金を見たところ、ゴールデンウィークはほぼミニマムレート。現実逃避を求める人や、未知の空間を見たいホテルマニアの期待は裏切らないだろう。ひとり旅でも楽しめる趣だ。日本人のレビューはまだ数える程度。連休に向けて、知る人ぞ知る異世界への旅を検討してみては? ■Capella Ubud 1泊朝食付き約13万9500円~(2024年1月時点での個人調べ) https://capellahotels.com/en/capella-ubud
文・大石智子 写真・松川真介 編集・岩田桂視(GQ)