食の魅力を解くカギはFとCにある! ロスアンゼルスで考えた風味と自炊のこと
食の「風味」を軸においしさと創造力をめぐる全くあたらしい理論と実践を解説した、三浦哲哉著『自炊者になるための26週』(朝日出版社)が話題になっている。 本書には原点となるアメリカ紀行のエッセイ『LAフード・ダイアリー』があった。「ファンシー(fancy)」で「コンフォタブル(comfortable)」な食があふれる都市であるロスアンゼルスは一体どんな場所で、三浦さんはどんな体験をしたのか。 『LAフード・ダイアリー』から『自炊者になるための26週』へのつながりをめぐる特別エッセイを公開する。
世界中のあらゆる「風味」が味わえる都市
昨年12月に刊行した『自炊者になるための26週』は料理入門の本だけれど、ここには、それに先立つアメリカ滞在記『LAフード・ダイアリー』(二〇二〇年)の経験が流れ込んでいる。それは何か、振り返ってみたい。 LAで一年間暮らし、それなりにおいしいものにありつくことができたと思っている。LAフードのなにがおいしかったのか。この都市は、移民街がパッチワーク状に、ほとんどでたらめに寄せ集まってできている、と言われる。だから、月曜日はメキシコ人街のタコス、火曜日は韓国人街のキムチ鍋、水曜日は日本人街の刺し身定食が食べられる。きちんと探せば、店の主人が同胞向けに作るオーセンティックな郷土料理もいただける(食材は空輸される)。世界中のあらゆる伝統の断片で構成されたポストモダン都市がLAだ。LAフードのおいしさは、互いに際立たせ合うその「異郷感」にある。 私も自動車のハンドルを握っては、月曜日はタコス、火曜日は……という生活を送ることができたのだけれど、ある日、はたと思い当たった。こんなふうにLAフードを楽しむことは、映画館で異国の光景を楽しむのとかなりの程度、似ているのではないか。メキシコ人街で提供されるメキシコ料理は、ようするに、いまここにはない遠くの土地の表情を映すという点で、メキシコ映画の専門館でかかるメキシコ映画のようなものだろう。LAフード・シーンはその総体において、たとえるならば、外国料理の専門館が雑多に寄せ集められてできたマルチプレックス・シアターではないか。 外国料理の食堂が外国映画のシアターであるというアナロジーが成り立つのだとすれば、食べ物の風味は映像であるというアナロジーも成り立つにちがいない。風味=映像(flavor=image)。「風味映像flavor image」というアイデアは、こんなふうに降りてきて、『自炊者になるための26週』を執筆するうえでの中核となった。さまざまな場所の光景を映す映画を楽しむように、さまざまな場所(とさまざまな時間)の風味を映す食事を楽しむメソッドを書くことはできないか、と考えたのだ。