「空飛ぶクルマ」日常利用へテイクオフ 移動・輸送の効率化に期待
力強く浮上して滑らかに空中を飛ぶ姿は、まさに次世代の乗り物だった。宮城県利府町で9月末、東北で初めてとなる「空飛ぶクルマ」のデモ飛行が一般に公開された。道路渋滞の回避や迅速な物資輸送など移動に「革命」をもたらすと期待されているが、そもそもどんな乗り物なのだろうか。デモ飛行に併せて県が開催したセミナーを取材し、定義や動向をまとめた。(経済部・三浦光晴) 【写真】宮城県利府町でデモ飛行したイーハン製のマルチローター機 ■国外では2025年にも商用運航 クルマの名前が付くが、実は自動車ではない。世界では「eVTOL(イーブイトール=エレクトリック・バーティカル・テイクオフ&ランディング)」と呼ばれる。直訳すると「電動で垂直に離着陸する機体」。つまり、航空機だ。 昨年末の航空法施行規則の改正で分類が定まり、複数の回転翼をもつ「マルチローター」(写真(1))と、翼のある「垂直離着陸飛行機」(写真(2))の2種類に大別された。 日本政策投資銀行によると、マルチローター機は構造が簡素で開発コストが低い。2、3人乗りと小型で最高時速は100キロほど、航続距離は15~35キロ程度。1機当たり数千万円での販売が見込まれる。 垂直離着陸飛行機は、機体が大きく開発難度もコストも高いが、飛行効率に優れていて、より高速・長距離の飛行ができる。想定価格は数億円にも及ぶ。 どちらも滑走路が不要で離着陸の自由度が高い。電動で将来は自動運転も可能になる。セミナーの講師を務めた政投銀の岩本学調査役は「次世代の効率的な移動・輸送手段として大きな役割を果たす」とみる。 ヘリコプターも垂直離着陸する機体だが、価格や運用コスト、騒音などの課題があり民間の旅客輸送には広がらなかった。eVTOL登場で、日常的に空を利用する「空の大衆化」の機運が再び高まっている。 機体の開発は航空機メーカーだけでなく、ベンチャー企業も挑んでいる。筆頭格は、固定翼機を開発する米国のジョビー・アビエーション。2025年に日本国外での商用運航を目指している。トヨタ自動車が出資し、ANAホールディングスも業務提携する。 商用化には機体の安全性を示す型式証明、耐空証明の取得が求められる。マルチローター機で先行する中国のイーハンは、中国国内で型式証明を取得。スズキや伊藤忠商事などが参画する日本のスカイドライブは、日米両国で型式証明の取得を進めている。 離着陸場の運用や交通管理といった環境整備も必要で、経済産業省・国土交通省主催の官民協議会で検討が続く。社会的な認知度向上に向け、25年4月開幕の大阪・関西万博は国際的なデモ運航の舞台となる。 官民協議会のロードマップは万博を節目に、20年代後半の商用運航拡大、30年代以降のサービスエリア拡大を構想する。量産化の段階に進むことで、サプライチェーン(供給網)の広がりが注目される。 岩本調査役は「鉄道、自動車で世界にビジネスを生み出してきたのがモビリティーの歴史。空飛ぶクルマも産業として成立する可能性がある」と展望する。 ■松島などの観光遊覧、空港への「エアタクシー」 「空飛ぶクルマ」は東北でどんな使い方ができるだろうか-。ヘリコプター運航を手がける東北エアサービス(宮城県岩沼市)は将来の実用化を見据え、主に「観光」「交通インフラ」「災害防災」「医療緊急対応」の4分野で可能性を探っている。 デモ飛行に併せた県のセミナーで、同社の佐竹吉哉常務が構想中の将来像を明かした。観光分野では沿岸部上空の遊覧を提案。日本三景の松島や塩釜、牡鹿半島沖の島々を一望することができ、海上遊覧と併せて展開できる。ヘリでは法規制で難しい仙台の市街地遊覧にも期待を込める。 交通インフラ分野は「エアタクシー」として、仙台市中心部と仙台空港を約10分で結ぶ高速移動手段となり得る。福島県沿岸部に集積する研究開発拠点への移動や、離島間の渡船の補完といった活用策も挙げた。 災害防災、医療緊急対応の分野でも活躍が見込まれる。防災ヘリの活動支援や過疎地域への医師派遣、薬品輸送など用途を示した。 佐竹常務は「東北で移動を巡る時間、距離の障壁をなくせる可能性を秘めている」と期待する。法整備など課題は多いが「実現までの時間軸も長い。活用に向けて行政、関係機関と連携を進めたい」と語った。
河北新報