清原和博氏の長男・プロ入りをめざす清原正吾を語る上での三つの視点 「覚悟」「進化」そして「マルチアスリート」として
6年間のブランク埋めた「進化」のスピード
清原正吾を語る上で欠かせないのは、進化のスピードが速いということだ。たとえば、バッティング。慶大に入るまで学童野球しか経験していない清原は、変化球を打ったことがなかった。「はじめの頃、変化球は視界から消えてました」と明かす。 それでも、野球を再開してから約1年半後の2年秋。早稲田大学との早慶戦2回戦でリーグ戦初打席に立った。慶大野球部は例年、選手だけで160人程度いるため、4年間で一度もリーグ戦の舞台を踏めない選手も少なくない。だが、清原は2年秋にそれをクリアしてしまった。 大学まで見たことがなかった変化球にも必死に対応した。前述のリーグ戦初安打は、投手がタイミングを外そうとした変化球をとらえ、三遊間を破った。 一塁のレギュラーに定着し、主に4番を担った今春は、ともにチームトップタイとなる打率(2割6分9厘)とヒット数(14本)をマークし、一塁手部門で初のベストナインになった。1954年秋から表彰が始まった東京六大学リーグベストナインの歴史で、中学高校の野球経験がなくて選出されたのは、おそらく清原が初めてだろう。 ただ、春はフェンス直撃が何本かあったものの、期待されていたホームランは出なかった。 オープン戦ではたびたび飛ばしていた一発が公の場で生まれたのは、秋の開幕前だ。東京六大学選抜の一員として、北海道日本ハムファイターズの2軍と対戦した試合。ここでも4番を任された清原は、エスコンフィールドの左翼フェンスを軽々と越えるアーチをかけた。 そして、明大1回戦で生まれたリーグ戦初本塁打。打った球はそれまでなかなか打てなかった外に逃げる変化球だった。清原の春から秋への進化について、堀井監督はこう語る。 「ストレートに負けなくなったのと、インコースがさばけるようになった。それと失投を見逃さなくなりましたね。三つの技術的な成長が、柵越えにつながったのでしょう」 今秋の進化は止まらない。東京大学との3回戦では「東大のサブマリン」こと渡辺向輝(3年、海城)が投じた緩いカーブに対応し、左翼席に2号ホームランをたたき込んだ。「(強振せず)コンパクトにスイングしたことで、バットのヘッドが走ったのだと思います」と清原。春までは打てなかった球種を打ち返し、「変化球に対して(上体が突っ込まず)体が止まるようになりました」と堀井監督は目を細めた。 中学、高校で投手と対峙(たいじ)していない清原は、練習や練習試合を含めた打席数が同年代の選手に比べて圧倒的に少ない。投手と相対する経験の積み重ねが打者の成長につながるのだとしたら、大きな伸びしろがある。リーグ戦では、試合中にタイミングの取り方を変えるなど、工夫している姿がたびたび見られる。これから打席経験を積むごとに、どれだけ進化していくのか。底知れぬ可能性を感じさせる。