「自己主張しないところが愛おしい」ジャガイモ専門家・中村剛さんに聞く、ジャガイモの魅力
北海道十勝地方。いわずと知れたジャガイモの名産地です。ジャガイモに惚れ込んで札幌に移住したジャガイモ専門家の中村剛(なかむら・つよし)さんと帯広駅で合流し、ポテトチップス専用ジャガイモの畑で収穫作業を見学しました。 『やさいの時間』2・3月号の特集「ジャガイモで始める春菜園」に掲載の〈ジャガイモ農園探訪記〉より、一部抜粋。
ジャガイモの魅力とは
知れば知るほどジャガイモとその生産現場に愛着がわくのだと中村さん。焼きイモや焼酎などで目立っているサツマイモや個性が強いサトイモと違って、ジャガイモは自己主張をしないところがまず愛おしい、らしい。 「だけど、味つけしだいでおいしくなりますよね。いつだって僕たちのそばにいてくれる名わき役的な存在なのです。やせた土地で水をあまりあげなくても育ってくれます。冷暗所に置けば長く保存もできる。だから、いざというときは主役(主食)になれるのです。ジャガイモは太りやすいなどといわれることもありますが、ほとんどが水分なのでむしろヘルシーな食材だと思います。太る原因はマヨネーズや油などです」 ジャガイモのすばらしさを静かに力説する中村さん。彼のそばにいると、目の前に山と積まれたジャガイモたちがつつましいけれど頼もしい連中に見えてくる。 さらにいえば、ジャガイモには無駄がない。先ほどポテトチップス用からはじかれた割れジャガなども捨てられることはなく、デンプン工場に運ばれるのだ。 「デンプン専用である『コナヒメ』という品種もあります。日本には80品種ほどのジャガイモがありますが、市場に出回るのはせいぜい5~6品種です。味はよくても見た目がちょっと変わっていたり病気になりやすかったりすると、流通の過程でそんたくされて生産や消費に不向きとされてしまうのです。そうやって生産が減っている品種も少なくありません」 中村さんは大いに嘆くが、たしかにジャガイモ品種の世界は奥深い。中村さんが自ら作成した著書『ジャガイモ学』によると、ふだん我々がスーパーで見るジャガイモ品種と、「きたひめ」などの加工用品種では、求められる特性が違うらしい。いちばんの違いは、扱いやすさだ。 例えば、フライドポテト用に加工する際、イモの糖度が高いと焦げやすくなるため、あえて食味の淡泊な品種が用いられる。また、皮のむきやすさも重要で、芽が浅い品種が好まれる。「インカのめざめ」に代表される、おいしい品種が必ずしも正解にならないのは、用途の広いジャガイモならではだろう。 さらにいうと、現在猛威を振るっている、ジャガイモシストセンチュウへの抵抗性など、作り手側の事情も相まって、育てられる品種は年々移り変わっていく。もしかしたら、「男爵薯」が食べられなくなる日もそう遠くないのかもしれないのだ。
教えてくれた人/ジャガイモ専門家の中村剛さん。2012年、無職かつ単身で北海道に移住、大学や農場で学んだのち、農業コンサルタントとして独立。ジャガイモには公私で愛情とエネルギーを注ぎ続けている。 取材・文/大宮冬洋 フリーライター。WEBでの長期連載『晩婚さんいらっしゃい!』で東洋経済オンラインアワード2019「ロングランヒット賞」を受賞。『人は死ぬまで結婚できる~晩婚時代の幸せのつかみ方~』(講談社)など著書も多数。 撮影/佐藤有将(写真映像工房くろかりんとう)、撮影協力/細木昌史 ●『やさいの時間』2024年2・3月号 特集・ジャガイモで始める春菜園「ジャガイモ農園探訪記」より