阿川佐和子「過干渉の暁」
阿川佐和子さんが『婦人公論』で好評連載中のエッセイ「見上げれば三日月」。以前「たった一夜の」の回で触れたテレビ番組の企画で阿川さんが買い込んだハーブたちのその後について――。 ※本記事は『婦人公論』2024年1月号に掲載されたものです * * * * * * * バルコニーのプランターに並ぶハーブたちが息を吹き返しつつある。 今年の猛暑にやられて、すっかり生気を失いかけていたが、気温が二十度台になったあたりから、リング上でカウントダウンされていたヘロヘロボクサーが、腕を動かし、腰を折り、なんとか立ち上がろうとしているかのように、少しずつ復活し始めた。 とはいえ、すでにノックアウトされてしまったハーブもいる。 夏の初め、テレビ番組の企画でガーデニングの専門店へ行き、その愛らしさに惹かれてつい買い込んでしまったハーブや植物たちの話である。ミント、レモンバーム、バジルにフェンネル、クランベリーとミニソテツ。加えて「蚊を寄せつけないハーブ」という怪しげな葉っぱも購入した。 さらに、月下美人の仲間であるサボテン科の。その華麗な白い花は、たった一輪とはいえ見事に咲き誇り、一夜かぎりの幻想的な夢を届けてくれた。もう一回ぐらい蕾をつけてくれるかと期待していたが、その後は室内でひっそりニョキニョキと緑色の細長い葉を伸ばすのみである。 一方のハーブちゃんたちは、暑いとはいえ植物だ。たっぷり水を与え、太陽とそよ風に当てることこそが健康の秘訣と思い定め、ずっとバルコニーに置いておいた。それがどうやらいけなかったらしい。
日に日にしょぼくれていった。 あまりにもしょぼくれ度合いが激しかったので、これは緊急入院の必要ありと判断し、室内に取り込んだのだが、時すでに遅しの感あり。まもなく繊細なフェンネル、この間まで活き活きと料理の香りづけにも参加してくれたバジル、そんな特技があるのかどうかわからなかった「蚊を寄せつけないハーブ」が、次々にご臨終あそばした。 同じハーブでも、以前から別のプランターで育てていたローズマリーは暑さもなんのその。あちこちへ茎を伸ばして逞しく縄張りを広げ、周囲の植物を圧倒する勢いである。弱っていく他のハーブたちと何が違うのであろうか。にわか園芸家にはとうてい理解できないうえ、処方箋がわからない。 早晩、ミントとレモンバームとシソもご臨終のときを迎えるのであろう。葉先は茶色く変わり、茎は細々と頼りなく、いずれも料理に使えるような健康状態とは思えない。日に二度の水やりは続けたものの、まもなく訪れる別れのときを待つのみかと観念していた。 この夏は、プロが育てる米や野菜も各地で猛暑の被害にあったという。その方々の悲痛さを思えば、趣味の園芸家の嘆きなどミミズのウンチにも及ばない。 いっときは、なんとか元気を取り戻してもらいたいと思い、いろいろ画策した。