投資デビューするなら最低限知るべき「インフレ」と「労働市場」の関係【資産運用のプロが解説】
しかし、今後の失業率が現状程度なら“賃上げ要求”が強まる恐れ
これまでのところ、市場は、米国経済はリセッション(景気後退)に陥ることなく、インフレもFRBの目標であるCPIで2%程度で安定的に推移することをメインシナリオとして織り込んできたように思われます。 家計の目線で過去数年のインフレを振り返ると、実は結構厳しい状況でした。確かに賃金は上昇しており、直近2年の賃金上昇率(=名目購買力:2020-2022年の平均)は長期平均(2008-2019年の平均)を上回る国/地域が目立ちますが、同時に過去を上回る大幅なインフレが発生しており、賃金上昇率からインフレ率を差し引いた真水の購買力(=実質購買力)はかなり大きなマイナスへ陥っています(図表3、図表4)。したがって、家計(労働者)は大きな不満/不安を抱えているものと思われます。 今後の失業率が現状程度のタイトな状況に留まれば、労働者がいつ賃上げの声を高めたとしても、まったく不思議ではない状況にあります。実際、欧州や米国では労働者によるストライキや労働組合の新規結成(例:スターバックスやアマゾン等)の報道が相次いでおり、もうすでにそのような動きは色々な産業で始まっています。 労働者が賃上げの声を高めるか否かを決めるポイントして、労働者の「インフレ期待」が重要となります。インフレ期待とは将来のインフレ予想のことであり、人々が将来のインフレは低下すると予想する限りにおいては、現時点で賃上げを要求する必要性は低下します。一方、将来のインフレがあまり低下しないと予想すれば、現在の賃上げでは「足らない!」と判断し、賃上げ要求がもう一段強まっていくのが普通です。実際、主要先進国の多くではインフレ期待が徐々に上がりつつあり、危険な兆候が出始めています(図表5)。
利上げで抑制しないと「際限なきインフレ」に陥るリスクも
世界の中央銀行がインフレ目標2%に拘るのは、これが理由です。現在のインフレ率を十分に抑制しないで放置すると、労働者のインフレ期待が上昇してしまい、賃上げ⇒インフレという“イタチごっこ”が始まります。インフレ期待とは滅多に変化するものではありませんが、逆に言えばいったん上昇してしまうと、今度は簡単には下がらなくなる、非常に厄介な性質を持っています。 企業サイドに目を転じてみると、企業は上昇する各種コスト(原材料や人件費)を上回る製品価格の引き上げを始めており(過剰な価格転嫁)、企業の利益率が改善傾向にあるのは驚くべきことです(図表6)。足元のインフレが企業による「強欲インフレ」と呼ばれるのは、これが理由です。 今後に関しては、労働者のインフレ期待が万一上昇してしまい、企業のこのような態度が変わらない場合、労働者のインフレ期待上昇⇒賃上げ⇒製品価格への転嫁⇒インフレというサイクルが完成することになります。いったん始まってしまうと、まさに悪循環であり、際限のないインフレとなるリスクを孕んでいます。 次回は「インフレーションと資産価格」について述べたいと思います。 ※本稿のデータは過去の実績や結果であり、将来の動向やファンドの運用実績を示唆あるいは保障するものではありません。 本庄 正人 キャピタル アセットマネジメント株式会社 運用本部 副本部長 日本証券アナリスト協会検定会員 東京大学法学部卒業。みずほ(旧安田)信託銀行にて外国資産運用部長として運用業務を統括。企業の分析、ポートフォリオの計量的リスク管理能力を強化するため、外資との提携戦略を行う。ニューヨーク、ロンドンのアナリストグループの企業リサーチ活動を指揮する。スイスPBであるロンバード・オディエ・ダリエ・ヘンチ社の東京CIOを経て、カレラアセット・マネジメントで代表取締役社長。キャピタル アセットマネジメント株式会社ではオーケストラ ファンド(オルタナファンドや米国株ファンド等に投資するFoFs)を担当。
本庄 正人,キャピタル アセットマネジメント株式会社