同人誌はコミケだけじゃない、「オンリー」が作る「濃い空気」とは…「同人誌の母」が愛した「若者の情熱」
「同人誌の母」
「今は世界で自分一人しか推していないカップリングでも、頑張って同人誌を出し続ければ、いつか必ずイベントが実現する。『好き』であることが最強のシステムなんです」。赤ブーの母体、ケイ・コーポレーション社長の赤桐(あかぎり)弦(げん)さん(49)は話す。「地道に同人誌を作っている子たちが、どうしたら主役になれるのかといつも考えています。それは、『我々主催者は苔(こけ)になれ』と言い続けた母の教えもあるかもしれません」
赤桐さんの母、赤桐(田中)圭子さんは、同人誌印刷所の草分け「ナール」に勤めたことがきっかけで、1988年にケイ社を設立して即売会運営に乗り出す。「コミックシティ」を業界有数のイベントに育て上げ、温かい人柄で「同人誌の母」と呼ばれた。2020年に77歳で死去。長男の弦さんが後を継いだ。
「母は漫画には詳しくなかったけれど、同人誌を出す若者の情熱が大好きだった」と弦さん。「僕は子どもの頃は、母の仕事はたいして理解していなかったのですが、美大に進み、画家を志した時、既成画壇より同人誌の方が『理想郷』だと感じました。何の権威もない表現者たちの作品を、みんなで買い支えるのが即売会。こんな自由な場所が日本にあったんだって」
コミケについては「ライバルではなく学ぶ相手。運営を回すボランティアの情熱のすごさは、企業の僕らも見習わなくてはならない」。
弦さんが重視するのは、ネット全盛の時代に、リアルな即売会を開き続ける意味だ。
「電子書籍は売れるものは何十万部でも売れる代わり、売れないものはゼロかもしれない。しかし即売会では、誰でも机半分のスペースと売る時間は平等。売れるものと売れないものの差が必然的に縮まる。売れる本をよりたくさん売るためのシステムじゃないんです。有名無名問わず、多様なサークルが相互影響し合い、創作活動が過度に商業主義に偏らないこの仕掛けこそが同人誌即売会の良さで、存在意義だと思っています」