朝鮮半島統一、その理想論と現実論【寄稿】
イム元室長の主張は統一理想論から抜け出し、現実と向き合った実用的な解決策を模索しようという話だ。しかし、彼の「革新現実論」が抱える課題はそう簡単なものではない。彼の平和共存論を北朝鮮側が受け入れるはずがなく、尹錫悦政権も自由の北進統一論から前向きに方向転換するはずはないだろう。北朝鮮核問題の渦中に平和共存を論じる空間をどのように作り出せるかは想像することすら容易ではない。 ムン・ジョンイン|延世大学名誉教授
「いっそ統一をやめましょう。別々に暮らしながら互いを尊重し、互いに助け合って一緒に幸せになれば良いのではないでしょうか。しっかり平和を築き、その後の朝鮮半島の未来は後の世代に託しましょう。客観的現実を受け入れ、二つの国を受け入れましょう。憲法第3条の領土条項を削除するか改正しましょう」。イム・ジョンソク元大統領秘書室長の最近の発言をめぐり、大きな波紋が広がっている。 ソウル市のオ・セフン市長は、「金正恩(キム・ジョンウン)の『敵対的二国論』を復命復唱する格好だ」とし、「従北(北朝鮮追従)を通り越して忠北(北朝鮮に忠誠)」と皮肉った。脱北者のパク・チュングォン議員は、イム元室長を「北朝鮮の敵対的二つの国家論の合法化に名目を立てる」密偵とまで非難した。尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領まで乗り出して、イム元室長の発言は「反憲法的発想」だとし、「北朝鮮が核攻撃も辞さないという状況で、平和的な二つの国家論が果たして可能なのか」と一喝した。民主党を含む革新陣営ですら、イム元室長のいわゆる「統一放棄論」と「二つの国家論」が国民感情に背を向け、反憲法的要素を孕んでいるなど、先を行き過ぎた発想だという懸念を示した。 イム元室長の発言は、確かに過激に聞こえる。しかし、現在の朝鮮半島の現実からかけ離れているとは言えないのも事実だ。まず、彼の「統一放棄論」をみてみよう。韓国政府の統一政策の基調を成す1989年の韓民族共同体統一案と大きく変わらない。 韓民族共同体統一案は、第一段階として南北間の和解協力と平和共存を模索し、第二の中間段階として南北連合を構築し、人と物資が自由に行き来できる事実上の統一状態を作ることを目指す。そして、最後の段階である単一民族国家への制度的統一は、南北が自由民主的基本秩序で同質性を回復した後、国民投票のような平和的方法で決めようというものだ。言い換えれば、イム元室長の「いっそ統一をやめよう」というメッセージは、統一そのものに対する反対というよりは、現実的な制約を考慮した統一に対する強い矛盾語法的表現と言える。 「二つの国家論」も同じだ。 韓民族共同体統一案の採択後、韓国政府は「1民族2国家2制度2政府」という「2国家論」を掲げてきた。南北基本合意書で統一を目指す特殊関係である「過渡期的2国家」という但し書きを付けたものの、1991年の国連同時加盟以後、南北は大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国という厳然たる二つの主権国家として位置づけられてきたことも事実だ。過去に韓国政府が提案してきた南北連合も欧州連合のように国家間の連合を前提にしたもので、これは北朝鮮側が絶えず提起してきた「1民族1国家2制度2地方政府」という高麗連邦制統一案を「赤化統一を画策するトロイの木馬」と捉えたことから生まれた代案的発想だった。 しかし、昨年12月末、金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長は先代の連邦制構想を全面的に廃棄し、過去の東ドイツと類似した「2民族、敵対的2国家論」を掲げた。「『吸収統一』、『体制統一』を国策に定めた大韓民国の輩とは、いつまで経っても統一は実現しない」とし、「北南関係はもはや同族関係、同質関係ではなく、敵対的な二つの国家関係、戦争中の二つの交戦国関係に完全に固着された」という理由を挙げている。このようにみれば、イム元室長の言う「1民族、平和共存的2国家」は、韓国政府が固守してきた段階論的統一案の延長線に近く、金正恩路線に対する前向きな反応とみることはできない。 イム元室長が提起した憲法第3条の領土条項問題も看過できない。今年1月、金委員長は最高人民会議で、憲法に領土と領海、領空条項を新設し、主権行使の領域を新たに定める憲法改正を指示した。このような領土規定が作られ、履行された場合、大韓民国憲法第3条との衝突は避けられない。当初、同条項が設けられたのは、大韓民国だけが朝鮮半島で唯一の合法政府であることを正当化するためだった。ところが、その実効的拘束力は誰が見ても存在せず、むしろ紛争を触発する蓋然性は高くなった。慎重な検討が必要な理由だ。 このようにみれば、イム元室長の主張は統一理想論から抜け出し、現実と向き合った実用的な解決策を模索しようという話だ。しかし、彼の「革新現実論」が抱える課題はそう簡単なものではない。彼の平和共存論を北朝鮮側が受け入れるはずがなく、尹錫悦政権も自由の北進統一論から前向きに方向転換するはずもないだろう。北朝鮮核問題の渦中に平和共存を論じる空間をどのように作り出せるかは、想像することすら容易ではない。だが、イム元室長の論争的な問題提起が、統一理想論と現実論の間の乖離を埋めていくきっかけになることを期待する。 ムン・ジョンイン|延世大学名誉教授(お問い合わせ japan@hani.co.kr )