【長嶋茂雄は何がすごかったのか?】 昭和の名捕手・大矢明彦が語る"ミスタープロ野球"<後編>
大矢 打席の王さんと少しだけ言葉を交わすとすれば、「今の本当にストライクか」という確認。球審がストライクと言っているのに「ボールです」とは言えないよね(笑)。 ――球審の心までつかむのが長嶋流ということなんでしょうね。 大矢 ランナー一塁の場面で、スライダーを引っかけさせてダブルプレーということがその前にあったから、打席の長嶋さんに「また6→4→3(ショート→セカンド→ファースト)のゲッツーですね」と言うと、「嫌なこと、言うんじゃないよ」と怒られたり、そんなやり取りもしてたね。 ――打席に立つ長嶋さんが本音をもらすことはありましたか。 大矢 「このピッチャーのストレートは走ってるな」と言われることもあった。サウスポーの安田猛の時にはタイミングを取るのが難しかったみたいで、「打ちにくいんだよな、ボールが遅すぎる」とよくこぼしてたね。安田にはテンポよく投げさせたかったから、ノーサイン。サイン交換がないから、バッターからしたら構える暇もなかったと思う。 ――ストレートのスピードが130キロ程度でも、プロで通算93勝を挙げた名投手ですね。 大矢 安田の変化球は、今でも言うカットボールとシンカー気味のツーシームだけなんだけど、バッターは詰まったり、引っかけたりしていたね。 ――過去のインタビューで長嶋さんは「松岡のストレートが一番速かった」と発言しています。 大矢 僕たちは毎日受けているから、自分のチームのピッチャーのボールを速いとは感じないんだよね。たしかに速かったけど、長嶋さんにそう言われるほどとは思わなかった。 ――長嶋さん対策はどんなものがありましたか。 大矢 事前のミーティングで「胸元(インコース高め)に投げろ」と言われても、長嶋さんのそこには投げられない。バッターに平気でぶつけるピッチャーでも、長嶋さん相手にはできなかった。 ある監督に「ぶつけなくてもいいから、顔の前に投げさせろ」と何回も言われたことがある。僕も嫌になって、こう言ったんだよ。「それだけの度胸があって、コントロールがよかったらほかのやり方で抑えられますよ」と。「うるせえ」と、ものすごい勢いで怒られたけど(笑)。 ――長嶋さんの、打者として一番怖いところはどこですか。 大矢 王さんの怖さはホームランだけど、長嶋さんは勝負強さ。ここ一番というところで、仕留めにいく。読みの深さは相当なものだった。ヤマ張りだとか"カンピュータ"とか言われたけど、配球をしっかりと読んで打ってきたよね。キャッチャーからすれば「この球を打たれるのか......」ということがよくあった。 ――長嶋さんの攻略法はなかった?