元厚生事務次官宅を連続襲撃「年金テロ?」「第3の犯行を許すな」苛烈する報道と世間を尻目に起きた前代未聞の“出頭劇”
約5分間で打ち切られた記者会見
元厚生事務次官のAさん(享年66歳)と妻・Bさん(享年61歳)が11月17日夕方に、同じく元厚生事務次官のCさん(当時76歳)の妻・Dさん(当時72歳)が11月18日夕方に、それぞれ宅配業者を装った男に相次いで襲撃された。 突然の襲撃により、Aさんと妻・Bさんは片刃の刃物で胸などを刺され、心臓損傷により失血死。翌日に襲撃されたCさんの妻・Dさんは応対のために印鑑を用意してドアを開けたところ、胸などを複数箇所刺されて重傷を負った。 厚生省の元トップである事務次官経験者が立て続けに襲撃されたこの事件は世間を震撼させ、事態を重く見た厚生労働省は職員やOBに対し、厳重注意を呼び掛けていた。 警視庁麹町警察署で立延捜査一課長の会見が行われたのは、男がレンタカーに乗って出頭してから約2時間半が経過した翌日0時すぎのことだった。 記者から矢継ぎ早に質問が飛ぶと、立延捜査一課長は「これから」とたしなめるように繰り返しながら、男の人定情報や身柄拘束に至る経緯を淡々と説明した。そして最後に、「みなさん、まだ気が早い」と話し、会見は約5分間で打ち切られた。 立延捜査一課長によると警視庁に出頭してきたのは、Kという男だった。 事件当時46歳だったKは、出頭時に全長約30cm、刃渡り約20cmの血の付いたナイフのほか、サバイバルナイフら数本を所持しており、住民票も持参。これら出頭時の所持品からも見てとれるように、覚悟の上での犯行だった。
「あの人が家賃を滞納したことは一度もありませんでした」
麹町警察署での記者会見の翌日。 事件記者の主戦場は、会見で発表されたKの居住地である埼玉県さいたま市北区と、Kの生まれ故郷であった山口県某市に分散されることになった。 前代未聞の事件の取材を行うため、新聞・テレビ各社はかなりの人数を割くこととなったが、事件当時、某週刊誌に所属していた筆者も5、6人からなるチームで埼玉と山口に分かれ、Kの生育過程や犯行動機に迫るべく取材を進めた。 筆者はKの居住地であるさいたま市周辺の取材を行うことになった。Kが住んでいた2階建てのアパートへ向かうと、朝早くからすでに事件記者でごった返しており、アパートの大家への取材には大行列ができていた。 「あの人は1998年ごろにウチのアパートに引っ越してきました。契約時の職業は無職。何をしているのかはわかりませんでしたが、月6万2000円の家賃・管理費を滞納したことは一度もありませんでした」 順番待ちをしながら大家への取材を終えた筆者が、Kの近況についてさらに近隣住民の取材を進めると、近所の建設工事を巡って建設会社とトラブルになっていたことや、訪問販売の勧誘員を怒鳴りつける姿がたびたび目撃されていたことがわかった。 Kの“キレやすい”性格が浮かぶ一方、立て続けに元事務次官を襲う動機めいた行動は、居住地付近の取材からは見えてこなかった。 取材・文/大島佑介