「なぜ菅野智之を開幕投手にしなかったのか」92歳の広岡達朗が巨人・阿部新監督体制の初シーズンを検証
なぜ菅野を開幕投手にしなかったのか
私が腑に落ちなかったのは、なぜ開幕投手を菅野智之にしなかったのか、ということだ。 私だったら開幕投手は戸郷翔征ではなく菅野にしていた。いや、巨人の開幕戦にはエースの菅野を使うべきだった。 たしかに最近の戸郷は成長している。2022年からは3年連続で12勝を挙げた。2023年は24試合に登板し、防御率2.38で登板数、投球回、防御率とも菅野を大きく上回ってエースの座を奪い取った。 数字、実績とも菅野より戸郷のほうがベンチの信頼が大きかったのはわかるが、「コイツが行けばみんなは黙って従う」というような、チームの士気を高めるピッチャーでないと開幕投手には値しない。 早い段階で菅野に「開幕はお前で行く」と言って調整させるべきだった。それでいいピッチングをしてくれれば御の字だし、もしKOされたら「リリーフに回ってくれないか」と言うこともできる。それなら菅野も納得するはずだ。求心力のある投手には、そうやって配慮する。これがチームを改革する手順なのだ。 34歳の菅野はプロ12年目を迎えて、さすがに故障や欠場が多くなった。前年は自己ワーストの4勝に終わり、「エースの証明」である2024年の開幕投手を24歳の戸郷に奪われてしまった。 それでも試合を作る円熟した投球術で前半戦を8勝2敗で折り返し、8月4日のヤクルト戦では10勝目(2敗)をマークした。しかし能天気なスポーツマスコミのように喜んではいられない。 相手の先発投手を見ると、主力投手といえるのはヤクルトの高橋奎二(8勝9敗、4月11日)、広島の森下暢仁(10勝10敗、9月10日・28日)、阪神の才木浩人(13勝3敗、9月22日)くらいで、ほとんどが格下。 開幕から8月までは、ほとんど同一カードの最終戦に投げていたから、格下投手を相手に勝ってきたといっていい。
カード初戦は必ず戸郷・菅野に先発させろ
報道によると阿部監督は開幕前、「菅野は中7日以上空けてもいい」と語っていた。その方針通り、前半戦は原則中6日で登板していたのは、菅野の年齢とコンディションに配慮したのだろう。たっぷりと登板間隔をもらい、エース級との投げ合いがないなかで勝ち星を重ねてきたわけだ。 勝率と防御率のいい菅野は7月28日のDeNA戦で3年ぶりに完封勝利を収めて規定投球回(=チーム試合数)に達したが、この勝率も相手投手の顔ぶれとの関係を吟味しなければいけない。この因果関係と勝敗の本質を、なぜ野球評論家は指摘しないのか。ファンやマスコミと一緒に「勝った勝った!」と評価するだけでは専門家とはいえないだろう。 菅野はその後、8月25日の中日戦に先発し、7回1/3を被安打5で12勝(2敗)まで勝ち星を伸ばした。だが、7月からこの日までの先発時の相手チームはヤクルト、DeNA、中日、DeNA、ヤクルト、中日、DeNAと下位チームばかり。しかも登板間隔はいずれも中6日で、ローテーションの順番は山﨑伊織、グリフィン、戸郷、西舘勇陽、井上温大だった。 つまり中日戦前の首位・広島との直接対決には菅野の出番がなかった。山﨑・井上の成長と頑張りがあったとはいえ、カード変わりの3連戦には必ず戸郷と菅野の新旧エースが交代で先発登板してほしかった。そうすれば、どのカードも二枚看板が先頭に立ってチームを牽引することになる。 そして9月10日、広島との首位攻防戦でカード頭の第1戦に菅野が先発し、巨人のVダッシュが始まった。 この試合、菅野は5回を1安打5奪三振無失点で14勝目(2敗)を挙げた。巨人は同月5日のヤクルト戦に勝って広島から首位を奪回していたが、菅野はその後もカード頭の先発を続けた。28日の広島戦では8回無四球1失点で15勝目を挙げ、巨人4年ぶりのリーグ優勝を決めた。 15勝3敗、防御率1.67で勝率と最多勝のタイトルを手に35歳のレギュラーシーズンを終えた菅野について、最後まで巨人に食い下がった阪神の岡田彰布監督は「(巨人の優勝は)菅野やろ、菅野の貯金が大きいよ。去年との一番の違い」と言ったそうだが、そんな菅野を阿部はなぜ、8月まで先発ローテーションの6番目に使ったのか。 先述のように菅野を開幕投手にしていたら、巨人はもっと楽にリーグ優勝ができたはずだ。 広岡達朗 1932年、広島県呉市生まれ。早稲田大学教育学部卒業。1954年、巨人に入団。1年目からは正遊撃手を務め、新人王とベストナインに選ばれる。引退後は評論家活動を経て、広島とヤクルトでコーチを務める。監督としてヤクルトと西武を日本シリーズ優勝に導き、セ・パ両リーグで日本一を達成。1992年、野球殿堂入り。2021年、早稲田大学スポーツ功労者表彰。
広岡達朗
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