<TPP交渉をきっかけに議論に> 著作権侵害が「非親告罪化」したらどうなる? 弁護士・中川隆太郎
非親告罪化するとどうなるのか
その結果、今後非親告罪化された場合(※4)、理論上は権利者が告訴しなくとも起訴・処罰が可能となります。もちろん、権利者サイドがUGCの投稿を積極的に呼び掛けているようなケースは別ですが、例えば宮崎市がファレル・ウィリアムズの「HAPPY」に合わせて市長らが踊るPR動画をYouTubeに公開したところ、ファレル側から著作権侵害と指摘されたケースもあるように、その境目はあいまいであったり、あるいは分かりにくいことも少なくありません。 さらには、これらの二次創作以外のグレーゾーンにも影響は生じえます。例えば、会社で仕事用に新聞をPDF化してメールで共有するなど、企業内での業務目的での複製は日常的に行われているようですが、これらの企業内複製は私的複製の範囲を超え、形式的には違法である可能性が高いでしょう。単に、いずれも侵害が軽微であることから、権利者が目くじらを立てずに放置しているために表面化していないにすぎません。
非親告罪化した場合のメリットは?
もちろん、理論上は、非親告罪化することで警察・検察による海賊版対策を簡易・迅速に行うことが可能になるというメリットは考えられます。しかし、以前文化審議会で親告罪の見直しが行われた際の検討過程では、警察当局からも「非親告罪化が取り締まり強化に結び付くかというと直ちにそうとは言いにくい」「親告罪であるということが、著作権法違反事件の捜査にとって大きな障害であるという認識は持っていない」旨の意見が出されています(※5)。また、そもそも権利者サイドからの非親告罪化を望む意見自体、日本国内ではほとんど耳にしません。 また、欧米をはじめとする他の先進国では日本のように親告罪制度を採用・維持している国は多くはありませんが(ドイツやオーストリア、韓国など)、非親告罪化されている国々の多くでは、日本と異なり、そもそも刑事罰の対象とされる範囲が限定されています(※6)。さらに、米国の場合にはフェアユースにより、権利者を害するおそれの小さい無断利用の多くは、そもそも著作権侵害とならないことが、大きなセーフガードとして作用しています。 一方で、米国のフェアユースのような規定を持たない日本では、多くの二次創作をはじめとする社会活動がグレーゾーン、暗黙の領域で成り立っています。いわば「暗黙の領域」「阿吽(あうん)の呼吸」が社会の潤滑油として機能しているといえます。しかし、TPPにより著作権侵害が非親告罪化されてしまうと、権利者があえて放置しているパロディ作品やUGC、企業活動等でも「警察沙汰」になる可能性が生じる結果、利用者を大きく萎縮させるおそれが強いでしょう(※7)。特に、第三者から警察に告発がなされた場合、これまでは権利者の告訴がないことを理由に動かなかった警察・検察としても、起訴に向けて動かざるを得ないことも十分に考えられます。その結果、これらの「潤滑油」としての機能が上手く作用しなくなり、ひいては社会活動が大きく阻害されるおそれさえあります。 しかし、こういった事態を簡単に回避する「裏ワザ」は、残念ながら存在しません。もし非親告罪化を危惧するならば、きちんと声を上げる必要があります。「密室で決められた非親告罪化もやむなし」なのか、「自分たちの手で、日本に最も適したルールを作りたい」のか。「残り時間」の短い中、判断するのは、皆さん一人一人です。 --------------------- 中川隆太郎(なかがわ りゅうたろう) 弁護士(骨董通り法律事務所For the Arts)。演劇、映画、出版、ファッション、広告などの様々な創作活動について法的側面からサポートしている。論稿に「ビジネスにおけるパロディ利用の現在地」知財管理64巻8号〔共著〕、「デザイナーのための著作権と法律講座」月刊MdN vol.232~243〔共同担当〕ほか。 tw: @NakagawaRyutaro