”モンスター”井上尚弥 KO勝利を宿命づけられた悲運
試合後の田口の一言が気になった。 「スパーリングした時のほうが、パンチが強かった気がします」 井上がプロデビューする前に両者はスパーリングをしている。その時、井上はヘッドギアをつけ、重いグローブをつけた状態のスパーで田口を倒した。だが、この日、何発もクリーンヒットを浴びながら田口は、ついにキャンバスを舐めなかった。 田口が、打たれ強くて倒れなかったのか。 それとも井上に問題があったのか。 井上は、アグレッシブに初回から攻めた。左のリードブロー、左の返しのフック、『左がボクシングを制する』の言葉を忠実に守るボクシングで主導権を握った。 クリーンヒットは何発もあった。左のフックはヒットしたし、右のストレートも当たった。ミゾオチを狙って正面から打った右のボディアッパーも強烈だった。 筆者のラウンド表も、井上が失ったのは2つだけ。右を打たれて下がった井上の姿は初めて見たが、危ない場面があったかと言えばなかったのである。 採点表も3-0。つまり完勝だった。しかし、KO勝利しなければ評価されない、納得しないという井上が置かれたKO勝利を宿命つげられた悲運がある。 私は隣で見ていた“ゴロフキンと戦った男”石田順裕に冒頭の疑問を投げかけた。 田口が打たれ強くて倒れなかったのか。 それとも井上に問題があったのか。 石田は「田口の打たれ強さ」を理由に挙げた。 「出入りのリズムとスピード、そして回転力が井上のボクシングでしょう。一発の威力で倒すタイプではない。相手のレベルがチャンピオンクラスで上がってくると、警戒してガードも必要以上に固くなりますし、そう簡単に倒せませんよ。田口選手が打たれ強かったんだと思います。頑張りましたから」 元WBA世界スーパーフライ級王者、飯田覚士は「井上の問題」と指摘した。 「腰の入り方、体重の載せ方……そこが数センチずれるだけで、相手へのダメージの与え方は変わってきます。そういう数センチのずれが関係なくパンチ力があるというタイプのボクサーもいますが、井上選手はそうではないのでしょう。タイミング、バランス、それらのすべてがパーフェクトに整った時にKOにつながるんだと思います」 ジムの先輩、WBC世界フライ級王者、八重樫東の見解も、少し似ていた。 「スパーリングをしていて田口君がコメントしたようなことを僕も感じていました。本来、尚弥の素晴らしさは、この試合の中盤で見せたような出入りのスピードと、相手にディフェンスをさせないコンビネーション、試合のコントロール力なんだと思うんです。確かに周囲はKOを期待しますが、それにこだわるあまり、尚弥の長所を見失ってはいけないと思います。プロで4戦して、魅せることへの意識が出るのがわかりますが、アマチュア時代の良さというものを置いてけぼりにする必要はないと思うのですが」