理工系学部に急増する“女子枠”に違和感… 「男子高に女生徒を」と矛盾していないか
目の敵にされる埼玉の別学高校との矛盾
8月22日、埼玉県で議論されていた別学校の共学化について、県教育委員会が「主体的に共学化を推進していく」という方向性をまとめ、発表した。県内にある男女別学の公立高校について、「県立の男子高校が女子の入学を拒んでいるのは不適切」という苦情が寄せられたのを機に、県の第三者機関である「男女共同参画苦情処理委員」が、「女子差別撤廃条約に違反している事態は是正されるべきだ」などと申し立てていた。 だが、そもそも、問題とされた別学校は、137の公立高校のうちの12校にすぎず、全体の1割にも満たない。しかも、12のうち7校は女子高なのだが、ともかく男子校が女子の入学を拒んでいると目の敵にされる。 別学校は多様性の象徴である。異性と上手に向き合えない子も、思春期特有の異性アレルギーを示す子も、異性がいると気になって物事に集中できなくなる子もいる。そういう子の受け皿があってこその多様性だろう。ところが、そうした学校が全体の1割未満を占めているだけでも受け入れられないのが、いまの社会である。 ひるがえって、こと女性に関しては、男性とは異なるルートで大学に入学することが許されても問題にならない。埼玉県の「苦情処理委員」の勧告書には、「公立学校における公共性をかんがみれば、やはり公的機関が性別に基づき異なった取扱いをなすのは大問題であり、公費で賄われていることも考慮されなければならない」と書かれている。 ところが、国公立大学という「公的機関」が「性別に基づき異なった取扱いをなす」という「大問題」が全国で広がっているというのに、埼玉県の別学校つぶしに躍起になっている人たち、その賛同者たちが、まったく声を挙げない理由がわからない。
理工系への興味を喚起することが大事
理工系学部に進学する女性が少ない最大の理由は、いまなお社会に残る根強い偏見だろう。放送中のNHK連続テレビ小説『虎に翼』では、日本ではじめて女性として弁護士、判事、裁判所長となった女性をヒロインに据え、女性がこうした世界に進出し、キャリアを築くことが、いかに困難であったかを描いている。女性にとってもこうした障害は、かつてにくらべればかなり少なくなったとはいえ、消えたとは到底いえない。 今日の小中学生に対しても、「女の子だから勉強ができなくてもいい」「頑張らなくてもお嫁にいけばいい」という声が聞かれる。大学受験を前にすると、「東大なんかに行ったらお嫁に行けない」「女の子だから浪人はダメ」「女の子は地元に残ったほうがいい」などと、足を引っ張られることがある。 同様に日本では、女性は理工系に進むものではないというバイアスが存在するものと思われる。東京大学の横山広美教授の調査によれば、男女平等意識が低い人ほど、「看護学が女性に向いている」「機械工学は男性に向いている」といったイメージを強く持っているという。 したがって、理工系学部に進む女性を増やすためには、社会に根強く残るこうしたバイアスを解消し、男女の別なく自分の関心にしたがって進学先を選ぶように導くことこそ必要だ。大学入学前に理工系学部への興味や関心を募る、それ以前に、中学生の段階から理数系の科目のおもしろさを地道に伝える、といったことも欠かせない。 そうはいっても、『虎に翼』のヒロインが弁護士になった戦前に強烈に存在し、いまも根強く残る偏見がすぐに消えるとは思えない。その意味では、理工系学部の女子枠は必要悪といえないこともない。だが、そうであるなら、「公的機関が性別に基づき異なった取扱いをなすのは大問題」といった声に対して、合理的な説明を用意することだろう。 女子はこれまで差別されてきたのだから、特別枠をもうけても構わない。だが、男子校が女子を拒むのは、男女共同参画や多様性の面からも認められない――。そういう二枚舌の社会はきわめて不健全である。 香原斗志(かはら・とし) 音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。 デイリー新潮編集部
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