669人の子供をナチスから救った「英国のシンドラー」伝記映画、美談に隠れたイギリスの汚点とは?
名もなきヒーローたち
もちろん、ウィントンが立派な人物だったことに疑いはない。自分は別に大したことはしていない、もっと頑張った人がたくさんいると、いつも語っていた。 今回の映画では、チャドウィックとワリナーという2人の活動家にも焦点が当てられている。 子供たちの世話をしながら、チェコスロバキアからの出国とイギリスへの入国に必要な書類集めに奔走したのは、この2人のような無名の活動家たちだ。彼らの献身はもっと高く評価されていい(この映画は、少なくともその方向に確かな一歩を踏み出している)。 作中の老ウィントンは、自分にはもっとできることがあったはずだと後悔し続け、ホロコーストの恐怖に向き合うのを避けるため生涯を慈善活動にささげた人物として描かれている。 若き日にユダヤ人の子供たちを助けたことも、彼の生涯にわたる人道支援活動の一環として捉えるのが正解かもしれない。 かなり遅ればせながらではあるものの、ユダヤ人救出活動に対する関心の高まりと国家的なヒーロー願望が重なって、ニコラス・ウィントンは(本人は望んでいなかっただろうが)注目の的になり、「イギリスのシンドラー」という神話的な地位に押し上げられた。 だが、この神話には難民としてイギリスに渡った子供たちの視点が欠けている。 難民の1人で詩人のカレン・ガーションは66年に、キンダートランスポートに関わった人たちの回想録『私たちは子供だった(We Came as Children)』を編んでいる。当時の事実とそのレガシーに関する第1級の資料だ。 それから約20年後の88年、ウィントンはBBCの特別番組で「再発見」され、かつて自身が救出した子供たち(もうすっかり大人になっていた)と感動的な再会を果たすことになる。 ちなみに、『私たちは子供だった』にはチャドウィックの回想も載っている。彼は大酒飲みで女たらしで育児放棄していたが、仕事は立派にやった。ただし、ウィントンには一言も触れていない。 イギリスはホロコーストにどう向き合ってきたか。そこには美談もあれば汚点もあったはずだ。それを思えば、あくまでも私見だが、高潔なウィントンよりも汚れ切ったチャドウィックを主役にした映画も見てみたい。 The Conversation Tony Kushner, James Parkes Professor of Jewish/non-Jewish Relations, University of Southampton This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article. ONE LIFE 『ONE LIFE 奇跡が繋いだ6000の命』 監督/ジェームズ・ホーズ 主演/アンソニー・ホプキンス、ジョニー・フリン 日本公開中
トニー・クシュナー(英サウスハンプトン大学教授)