郊外私鉄沿線に大量の不動産を持つ「大地主」だが…「お金が不安で夜も眠れない」ワケ【元メガ・大手地銀の銀行員が助言】
いざ、売却
1週間後に小早川から連絡があり面談をすることにした。駅前にある不動産について3億円で購入したい、とのことであった。理由としては、 ・ローン完済している物件であり、かつ抵当権も設定されていないため、手残りが最も多くなる可能性が高いこと ・建物の築年が古いため、売買仲介であれば購入者がローンを使えず、購入希望者が限られ低い価格となる可能性が高いこと ・建物が老朽化しており、今後修繕などに高額な費用を要すること などを挙げていた。 たしかに、ここ数年は維持管理に費用を要している物件である。駅前の好立地でありテナントは長いことついているが、今後のことを考えると売却することも検討していた物件である。3億円というのは感覚的に若干安いように思ったが、不動産売買契約書に融資特約もなく現金で購入するとのことであったので、葛藤はあったものの売却すると意思決定を行った。 ちょっと怪しい小早川 売却の意思決定をしてからは、1ヵ月程度の短期間であっという間に決済がなされた。決済日当日においては小早川が勤める会社を買主として、かつ手元資金で決済するとのことであったため、すぐに口座へ入金され完了するかと思ったが、小早川は電話をしたりほかのブースを行ったり来たりしていたため10時から開始したが結局終了したのは12時を少し過ぎたころであった。 売買価格3億円に敷金や賃料精算分、固定資産税などの日割り調整分を加減した額が北沢隆一の個人口座へ振り込まれるのを確認して、領収書を手交のうえ決済が完了した。
売却後に発覚したまさかの事実
北沢隆一は、とある日に不動産売却情報のチラシが投函されているのを目にした。1年ほど前に売却した不動産が6億円で販売活動されている。売却した不動産は、駅前に存することから日ごろ目にする機会が多いが、特段なんらかの手を加えているような印象もない。 ちょうどその翌日に、銀行の毎年の格付け見直しの為に手交していた資料(決算書・申告書)について取引銀行の行員から返却したいので時間を設けてくれないかとの連絡があったため、応諾した。 行員が訪ねてくると、昨年売却した不動産についていろいろとヒアリングを受けた。どうやら銀行にて、売却した不動産の登記簿謄本を取得したようであり、所有者の移動を確認すると、小早川の会社は決済日の同日にほかの不動産会社(以下「A社」)へ売却を行っていたようであった。A社は金融機関から借入を行っており、謄本の「乙区」に記載されている債権額を見ると5億円の抵当権が設定されていた。 済日の当日、やたら時間を要するなと感じていたが、おそらくA社から小早川の会社への売買代金にかかる着金が遅れ、その結果私のところへの振込に時間がかかっていたのだろう。 一連の流れを整理すると図表2のとおりである。 小早川の会社は同日に社に売却することで利益を得ていたことになる。おそらく、小早川の会社は時間をかければ対象不動産を6億円程度で売却できると査定していたものの、仮に売買仲介で業務を行った場合、両手で仲介手数料が受領できたとしても「6億円×(3%×2)=3,600万円」であることから、自社購入に切り替えて転売することで「5億円-3億円=2億円」(ここから、不動産取得税や登録免許税などの費用がかかる)より大きな利益を獲得する選択をしたものと思われる。 思い返すとなかなか怪しかった小早川 北沢隆一は小早川の思惑や今回の取引における全体像を把握して後悔した。思い返せば最初の相談時から明らかに売却を焦っている素振りを見せていたため、足元をみられた可能性が高いし、また、不動産市況について冷静に分析することもしなかった。 さらには、子供たちに迷惑をかけたくないとの思いから、ろくに相談することもなく自分の判断や思い込みのみで進めてしまった。いまさらではあるが売却をなかったことにできないかと専門家らにも相談したが、取引自体は有効な手続きであり取り消すことは困難であろうとの見解であった。 また、不動産を現金化したことにより結果として相続税額も上がってしまった。資産を大きく変動させるような意思決定においては事前に専門家らの力を借りることが必要であったと改めて後悔した。