この家、捻じれてるように見えるのは、なんのため? 施主と建築家は同級生、長い友情と交わした会話の数が生きた理想の家とは?
建築家が考えた合理的な工夫とは?
雑誌『エンジン』の大人気連載企画「マイカー&マイハウス クルマと暮らす理想の住まいを求めて」。今回は、緑豊かな世田谷の住宅街に、昨夏完成した個性的な一軒家。建物の各フロアが捻じれたように見えるが、実はそれは目の錯覚です。一体、なぜそう見えるのか? ご存知、デザインプロデューサーのジョースズキ氏がリポートする。 【写真12枚】はたしてこの家は捻れてるのか、捻れてないのか、その答えは詳細画像で! ◆長方形の箱を重ねた構成 世田谷区の住宅街の外れの、自然豊かな緑地に接して建つ個性的な造形のMさん(56歳)一家のお宅。写真では屋根とバルコニーが全て捻じれた位置に配されたように見えるが、目の錯覚である。建物は、長方形の箱を丁寧に重ねたような構成。バルコニーの床面も長方形だ。それが捻じれて見えるのは、バルコニーの上端のラインに角度がついているから。そもそもこの形は、太陽光を取り込みつつも近隣からの視線を遮るように工夫した合理的なもの。他にもこの家には、快適に暮らせるよう考え抜かれた設計が数多く施されている。 この驚き溢れる家を設計したのは、建築家の富永哲史さん。Mさんとは中学時代の同級生である。父親の仕事で少年時代にドイツで暮らしていたMさんと、サンフランシスコで暮らしていた富永さん。当時の東京では数少ない、帰国子女を受け入れていた学校に編入し二人は出会った。中高一貫校で、「中学の帰国子女クラスは15人。クラス替えが無かったので、級友同士の仲は本当に良かった」とMさんは振り返る。卒業後は別々の大学に進み、Mさんは会社員、富永さんは建築家となった。 ◆スポーツカーと共に そんなMさんで意外だったのは、愛車遍歴にドイツ車が少ないこと。純粋にクルマが好きで、マツダRX-7に始まって次はユーノス・コスモと、最初の2台はロータリー・エンジン車。続いて唯一のセダンのメルセデス・ベンツE320の時期を経てフェラーリ328を。そこに加わったのが、サーフィンに出かける他、キャンプやアイス・ホッケーを楽しむため、大きな道具類を運べるジープ・グランド・チェロキーだ。以来チェロキーとスポーツカーとの2台持ち生活は10年以上になる。その後トヨタ86、アストン・マーティンV8ヴァンテージと乗り継いで、現在は964型のポルシェ911(92年製)に。かつて「930型に憧れていたが、より扱いやすい」一世代後のモデルを選んだ。手元に来て3年。通勤に使う他、週末の朝に首都高を一周したりと、日頃から911との生活を楽しんでいる。 Mさんが家を建てることにしたのは、屋根付きの車庫を2台分確保するため。それまで同じ世田谷区のマンション住まいで、車庫は別途借りていたがこのままでは不経済だ。そこで2台分の車庫がある家を建てることにしたのである。 2台の車庫の他に、家作りで重要視したことのひとつが、効果的な空調設備。実は子供の頃に住んだ家が、冬になると廊下や風呂場が寒く、一軒家に対して良くない印象があった。そんな経験から、寒い冬も、どの部屋でも心地よく過ごせる家を強く望んだのである。 幸い魅力的な敷地が近くで見つかった。木々に囲まれた約190m2の土地である。こうして昨夏に完成したM邸のハイライトは、2階のリビング・ダイニング・キッチンからの眺めだろう。南側と西側の天井までの高さがある大きな窓の向こうに、外からは捻じれたように見えるバルコニーが配されている。このバルコニーの上部のラインが、光を取り込み近隣からの視線を遮るだけでなく、隣接する緑地の緑を切り取って見せ、晴れた日には遠くに富士山が見えるのだ。窓の外の景色だけ見ると、森の中の住宅のようである。 そして懸案だった空調は床下式を採用。冬は床下の空間を温め窓や壁の付け根のスリットから暖気が漏れ出る方式で、大きな2階の空間も1階の廊下もじんわりと温かく快適だという。 ◆間取りも仰天もの 1階の間取りも大胆だ。この階にあるのは、玄関に寝室と書斎、そして水回りと収納。日本の住宅で大事にされる玄関の三和土(たたき)やホール部は小さく、そこから直接、扉のない大きなシュー・クローゼットとウォーク・スルー・クローゼットに通じている。この間取りはMさん一家の生活導線を考え、富永さんが練り上げたもの。日本の伝統建築からかけ離れたプランにもかかわらず実現できたのは、建築家・建て主が共に帰国子女だからかもしれない。 高校卒業後もMさんと富永さんの交友は続いていた。M邸の2階に置かれたソファーは、かつてMさんがマンションで暮らしていた時代に富永さんが選んだものだ。富永さんが設計した同窓生の家を訪れたことがあるので、どんな設計をするかMさんはよく知っていた。 このように建て主と建築家の関係が良好であることは、本当に大切だ。今回も家作りに際して、二人は随分と議論したという。Mさんは「却下された提案が殆どですが」と笑うが、どうしてどうして。富永さんが手掛けた住宅の中でもM邸は極めて個性的。代表作となる一軒ではないだろうか。富永さんは「年齢を重ねたことで、クライアントの要望をより設計で表現できるようになった」と語る。二人の長い友情と交わした会話の数が、素敵な家を生み出したのは間違いない。 文=ジョー スズキ(デザイン・プロデューサー) 写真=田村浩章 ■建築家:富永哲史 1967年東京生まれ。父親の仕事の関係で少年時代をサンフランシスコで過ごす。東海大学大学院を修了後、YAS都市研究所勤務を経て独立し、富永哲史建築設計室を主宰。美意識を感じさせるシンプルな意匠の中に、住みやすさを盛り込んだスタイルが大きな特徴。近年は事務所を巣立った20代の建築家、小野里紗・名畑碧哉とのユニット、n o t architects studioで手掛けたフレッシュな建築(写真「風景を掬う小さなイエ」)が話題に。Photo: Yasuhiro Takagi ■ジョースズキさんのYouTubeチャンネル、最高にお洒落なルームツアー「東京上手」! 雑誌『エンジン』の大人気企画「マイカー&マイハウス」の取材・コーディネートを担当しているデザイン・プロデューサーのジョースズキさんのYouTubeチャンネル「東京上手」。建築、インテリア、アートをはじめ、地方の工房や名跡、刺激的な新しい施設や展覧会など、ライフスタイルを豊にする新感覚の映像リポート。素敵な音楽と美しい映像で見るちょっとプレミアムなルームツアーは必見の価値あり。ぜひチャンネル登録を! (ENGINE2024年4月号)
ENGINE編集部
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