「白亜紀末大絶滅」から生物はどのように復活した? 古生物学者・池尻武仁博士の「生物40億年:北米アラバマからのメッセージ」
大絶滅状態からのリカバリー
今回の研究がさらに興味深い点は、大絶滅後の生物群の回復進度、いわゆる「リカバリー」というテーマにも迫っているところだ。 一連の海生軟体動物がこれまでに述べたような「大絶滅」状態から、再び以前のような種の多様性を見せはじめるまでに、はたしてどのぐらいかかったのだろうか? 研究チームは化石の採取箇所のデータもとに分析し、このリカバリーに要した時間が地層の厚さにして50メートルにあたると結論付けている。地質年代に直すと「およそ32万年間」になるそうだ。 さらに63種の化石動物種を「海底生活者」や「砂中生活者」などのライフスタイルごとに分け、絶滅やリカバリーのパターンに違いがあるかどうか、その比較も行った。前者のライフスタイルの方が、やはり白亜紀末時に受けたダメージがより深刻だったそうだ。砂の中に潜んでいればそれだけ生き延びるチャンスが高かったということなのだろう。 参考までに、今から32万年前といえば、マンモスの栄えた氷河期時代の中期更新世にあたる。2017年にモロッコで発見された化石によれば、最古のホモ・サピエンスの出現が約30万年以上前だと推定される。つまり、軟体動物のリカバリーに要した時間の長さと人類の歴史の長さとがほぼ同じということである。 人間が地球上に姿を現してから、宇宙にまで到達するようになった30数万年間という長大な時間。もし、海生軟体動物たちが、これだけの時間を何事もなく得ることができていたならば、実はかなりの大進化を遂げられていたのではないだろうか。 しかし、実際には、白亜紀末直後の南極の海底では、海生軟体動物がほとんどいない、一見すると空白の場が存在した。その間、貝類やその他の海生軟体動物たちは、「環境の大異変」にさらされ、進化の歩みを一時的に止めて、ひっそりと、そして確実に、ただただ次世代に命をつなぐ必要に迫られていたのかもしれない。 この試練の時をなんとか生き延びた結果が、今日の「貝類やタコ・イカ類の大繁栄」につながっているといえるだろう。この30万年以上にわたる雌伏の時を経て大復活を遂げた生命力なくして、今日、回転寿司などでおなじみの顔ぶれを目にすることはできなかったのかもしれない。 著者略歴:池尻武仁(博士)。名古屋市出身。1997年に渡米後、2010年にミシガン大学で化石研究において博士号取得。現在アラバマ大学自然史博物館研究員&地球科学学部スタッフ。古脊椎動物(特に中生代の爬虫類)や古生代の植物化石にもとづくマクロ進化や太古環境の研究をおもに行う。Twitterアカウントは@ikejiri_paleo