『毒戦2』が持つ“ミッドクエル”としてのおもしろさ。大ヒットリメイク映画がさらにアグレッシブに進化
香港アクション映画の巨匠ジョニー・トーの名作のひとつ『ドラッグ・ウォー 毒戦』(12)。そのエッセンスを受け継ぎながらも大胆にリメイクし、韓国では520万人を動員するなど根強いファンを生んだのが韓国版『毒戦 BELIEVER』(18)だった。そんな衝撃的前作から5年後の2023年、ついに続編『毒戦2』が完成し、Netflixオリジナル映画として配信中だ。 執念深く”イ先生”を追うウォノ すでにご覧になっている方ならお分かりのように、『毒戦2』は前作『毒戦 BELIEVER』の正統な続編というより、かなり一筋縄では行かない作品に仕上がっている。キャストや制作陣の声を中心に、本作ならではの味わいに迫ってみたい。 ■5年の空白、名優の不在…困難を埋めるために挑んだ新たなストーリーテリング ここで一旦、前作がどのような作品だったか振り返っておこう。巨大麻薬カルテルを壊滅させるべく、麻薬取締官ウォノ(チョ・ジヌン)は組織を牛耳る人物“イ先生”を何年にも渡り追いかけていた。仲間ですら顔を知らない謎の“イ先生”に手をこまぬいていたとき、麻薬工場の爆発事故が起こる。生き残った青年ヨンナク(リュ・ジュンヨル)は“ラク”と呼ばれ、組織に捨てられた存在だった。操作に役立つラクとウォノは手を組み、麻薬と欲にまみれた人間たちの巣窟へと潜入捜査に乗り出していく。 ジョニー・トーのオリジナル版は、麻薬取引に深く関わっている青年と捜査官が、減刑を条件に共闘していく筋立てだ。相容れないもの同士のドライな駆け引きとサスペンス溢れる応酬、極秘潜入捜査の有様をリアルに描いたことで人気を集めた。一方韓国版は、物語の骨組みだけは借りたものの、かなりエモーショナルなつくりとなっていた。“BELIEVER”という副題が示すように、ウォノに対してラクはしばしば「僕を信じていますか?」と問いかける。「僕は刑事さんを信じています」と、底知れない闇を湛えた瞳でラクが口にすることで、二人の間には“信じる”ことをめぐる重いロマンチシズムのドラマが展開する。 今回『毒戦2』を手掛けたペク監督のデビュー作は、朝起きるたび別の外見になり変わっている主人公と女性のラブストーリー『ビューティー・インサイド』(15)。奇抜な設定に、“人は何によって愛するのか”という普遍的な愛の命題を込めた珠玉の一本だった。 長編デビューからスマッシュヒットを飛ばしたペク監督であっても、『毒戦2』は難題だった。前作から5年という長い空白だけでない。前作の核と言えるラク役のリュ・ジュンヨルが出演しなかったことに加え、ドラッグ漬けになった“狂人区”のキャラの中でもひときわ強烈だったチン・ハリム役のキム・ジュヒョクを事故で失ったのも痛手だった。 大きなブランクを埋めて映画のシーンをつなぐために必要だったのは、新鮮な発想力だった。『毒戦2』を観た視聴者の中には、この映画が続編にしては不可思議なストーリーテリングであることに気づいただろう。それもそのはず、韓国映画ではあまり前例のない“ミッドクエル”というストーリーの構成だからだ。 シリーズもので扱われる世界観を表現する言葉として、たとえば『新感染 ファイナル・エクスプレス』(16)における『ソウル・ステーション/パンデミック』(16)のように、既知となっている前編より以前の視点の話を扱う“プリクエル”、出来事の後の視点を扱う“シクォール”ではなく、前作が扱っている時間帯の途中で起きたことを扱う後続作の構造を指す。よく知られた映画で言うと、『スター・ウォーズ』シリーズの『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』(16)が該当する。 ペク監督は「“ミッドクエル”という構成は作るのも観るのもとても珍しい経験なので、新鮮だと思いました。龍山から(雪原の)ノルウェーまで、空白となっていた間の物語を組み立てながら、一編の物語をより緻密に、細部に至るまで精巧に仕上げようと努めたので、とても興味深い作業でした」と、この演出とシナリオライティングがチャレンジだったことを明かしている。 『毒戦2』は、前作の後半以降、龍山駅にひそかに作られた麻薬密造施設からラストの雪原に佇むロッジでの出来事までをメインとしている。衆人環視の駅構内で、惨たらしく痛めつけられたブライアンが発見されたのち、ウォノが最後の死闘を繰り広げていくストーリーのブランクを埋めることにより、シリーズの世界観を統一させ完成させているのだ。 ■はまり役を受け継ぐプレッシャー、イメージを覆す変身…俳優たちの飽くなき役作り ディレクティングについて「前作が持っている強烈でビビッドなイメージを保ちつつ、俳優たちの感情をストーリーに集めることが演出のポイントだった」と話すペク監督。そんな彼とタッグを組んだ役者陣の飽くなき努力も、作品を支えた。実体なき“イ先生”を追跡するウォノ役に引き続き扮したチョ・ジヌンは、「以前着ていた服がどこかにあるだろうと思って探してみた」と、ウォノというキャラを再演するためにビジュアルからプレイバックを試みたことを明かす。 「ウォノに再会できて非常にうれしかった。そして前作で悩んだ部分を、さらにたくさん積み上げていかなければならないという気がした」と話した。 ウォノの“イ先生”への執着は、『毒戦2』で極まり、彼の葛藤もまた強くなっている。ウォノという人間の内的なストーリーは、本作でより深くなっている印象だ。 敬虔なクリスチャンのふりをしながら、人一倍残酷で野心を抱いたブライアンは、『毒戦』でも人気のキャラだ。再び演じるチャ・スンウォンは「前作に登場したキャラクターは、より一層密度の濃い人物になる」と話しながら、新しく登場するキャラクターが有機的にぶつかり、事件が誘発されて『毒戦2』固有のエネルギーが生まれる」と、新旧のキャラがいてこそ豊かなストーリーになったと自信を表わした。 チャ・スンウォンのこの言葉は、人気作の続編に新たに登場する俳優へのエールとなった。“イ先生”の最側近であり組織内の裏切り者や邪魔者を消していくクンカル役のハン・ヒョジュは「ビジュアルも内面も神経を使って準備した、 力の入ったキャラクター。痩せているのに、筋肉がくっきり見えるというシナリオにマッチするため、体脂肪量を下げるためのハードな運動をこなしました」と役作りのビハインドを明かした。 ついに“イ先生”事件の終止符を打とうとするラクことソ・ヨンナク役のオ・スンフンは「キャラクターについてたくさん悩んだ。 ミステリアスだったラクのバックグラウンドが多く語られている」としている。前作に比べて、オ・スンフン演じるラクは、主体的に動き、物語を終わらせる役割として描かれている。受け身だからこそどこか不気味で、悲哀もあったリュ・ジュンヨル版を新しく解釈し、人物の再構築が必要だったはずだ。チョ・ジヌンも別のインタビューで「私よりも、スンフンがたくさん悩んだはず。彼なりに責任感があった」と、労いの言葉を伝えている。やはりオ・スンフンは、リュ・ジュンヨルのラクを受け継いだプレッシャーをかなり感じていたようだ。 ペク監督は『毒戦2』を「自分が信じる目的地に向かって行く人々の話」と説明している。その目的地とは、まずは 「毒戦」シリーズを一貫して貫く「“イ先生”は誰か?」という質問だ。だが登場人物たちにとってはもはや“イ先生”が誰でもよいのかもしれない。“イ先生”への執着が目的であり、ラストでその強烈な感情から解放されていく。 「一つの単語で言えば、“寂しさ”だ。前作のラストからこうして“目的地”に着いた人たちの姿を見て、彼らは果たして満足だったのか?幸せだったのか?寂しいのか?虚脱感を抱いているのか?という質問を投げかけ続けた」と、映画を見終わった瞬間の虚無感こそが本作の余韻だと、ペク監督は語る。『毒戦』という世界観の劇的な終幕を、ぜひとも見届けて欲しい。 文/荒井 南