【ぴあ連載/全13回】伊勢正三/メロディーは海風に乗って(第13回)純粋な欲求
「なごり雪」「22才の別れ」など、今なお多くの人に受け継がれている名曲の生みの親として知られる伊勢正三。また近年、シティポップの盛り上がりとともに70年代中盤以降に彼の残したモダンで緻密なポップスが若いミュージシャンやリスナーによって“発掘”され、ジャパニーズAORの開拓者としてその存在が大いに注目されている。第二期かぐや姫の加入から大久保一久との風、そしてソロと、時代ごとに巧みに音楽スタイルを変えながら、その芯は常にブレずにあり続ける彼の半生を数々の作品とともに追いかけていく。 【すべての画像】近年のライブ画像ほか 第13回 純粋な欲求 自分が理想とする音楽は──この連載で再三述べてきたけど──何よりもまず良いメロディと歌詞。そしてそこに音楽的な試みがいかに合致しているかということ。そういう意味では、まだ理想の音楽をやり切れていないという思いがある。だからこそ、こうしてまだ音楽をやっているということなのだろう。 アルバム『Re-born』(2019年2月)は、今のところ自分の理想にもっとも近い作品だ。そのなかに「テレポーテーション」という曲がある。アルバムの1曲目だ。ちょっと小難しい話になってしまうけど、この曲を書いたきっかけを話したいと思う。光の粒などの量子が、お互いにどんなに遠く離れていても、片方の粒子の状態が変化すれば、もう一方の粒子も瞬時に変化する〈量子もつれ〉という現象が量子力学ではあるのだが、この現象とラブソングを組み合わせたら──どんなに遠く引き離されても、なぜか互いのことがわかるというステキな歌ができるに違いないと思った。けれど、書いては捨ててというのを繰り返し、なかなか納得するものが何年もできなかった。 一方で、同じアルバムに入っている「冬の恋」はパッと思い浮かんだものだった。これは自分のなかでももっともシンプルなタイプの曲で、今はこういう気分じゃないんだけどな……と思いながら、けれど曲として自分のなかから出てくるものをあえて押さえつけることもない。ひとまず完成させておくか──そんな感じで最後まで作ったら、それをきっかけに一気に「テレポーテーション」の歌詞が書けるようになった。さらにはアルバムの全体像が組み上がるようにできていった。 自分の一番理想のピークにある「テレポーテーション」が、自分の一番素に近い状態からできた「冬の恋」によって導かれるというのが、考えようによっては、僕自身がこれまで歩んできたキャリアを指し示しているような気がした。