エマ・ストーンの圧倒的な存在感…“観客の混乱”も計算か「哀れなるものたち」監督の最新作レビュー<憐れみの3章>
ヨルゴス・ランティモスが監督を務め、エマ・ストーンが出演する映画「憐れみの3章」が9月27日(金)より全国公開される。同作は、「哀れなるものたち」のランティモス監督とストーンが再度タッグを組んだ作品で、愛と支配を巡る大胆不敵な3つのストーリーが展開。同じキャストがそれぞれの物語で違うキャラクターを演じる。同じく「哀れなるものたち」に出演したウィレム・デフォーとマーガレット・クアリーの他、ジェシー・プレモンス、ホン・チャウ、ジョー・アルウィン、ママドゥ・アティエ、ハンター・シェイファーらキャストが集結し、ユーモラスながらも時に不穏で予想不可能な、ランティモス監督ならではの独創的世界を描き出す。今回は幅広いエンタメに精通するフリージャーナリスト・原田和典氏が試写にて今作を視聴し、独自の視点でのレビューを送る。(以下、ネタバレを含みます) 【写真】イメージがらり!エマ・ストーンが演じる“別章”での女性 ■さりげない描写がカギを握る…予測不能な展開 ランティモス監督の作品は本当に油断できない。どのシーンが伏線となってエンディングになだれ込んでいくか予想がつかないし、さりげない描写や動きが展開のキーに感じられたりもする。見終わった頃には「怒涛(どとう)の展開に接して、おなかいっぱい」という気持ちと、「すっかり消耗させられた、おなか減った」というアンビバレントな気持ちがふつふつと沸き上がり、体感をハイにさせられるばかりだ。 しかも「憐れみの3章」は、邦題通り全3章からなる作品となっている。英語タイトルは「KINDS OF KINDNESS」だから、“親切の種類”といったニュアンスもあるだろうか。上映時間は約2時間45分に及ぶ。辛口のユーモア、ウィット、ひねりの利いたランティモス監督流の世界に、長い時間にわたってどっぷり浸ることができるわけだ。「全3章からなる」と書いたけれど、いわゆるオムニバス作品と言い切れる感じでもない。少なくとも私が若尾文子のファンとして楽しんできた、例えば「女経」(吉村公三郎監督、市川崑監督、増村保造監督がそれぞれ30分ほどの物語を演出)や「嘘」(吉村監督、衣笠貞之助監督、増村監督)のような「詰め合わせ」とはテイストが異なる。 「憐れみの3章」で展開されるそれぞれのストーリーは別個のものであり、完結しているはずなのだが、ランティモス監督は各話の出演役者を、基本的に共通させた。さっき死んだはずの俳優が次の物語では何事もなく生きている…。それは不思議なことではないはずだ、なぜなら異なる役柄なのだから。そのくらい鑑賞する側も承知の上であるはずとはいえ、同じ俳優「たち」がここまで立て続けに登場すると、知らず知らずのうちにこちらは識別不可能な領域へと引きずられていく。「観客の混乱」も計算の上で作品が作られているのかどうか、それはぜひ各々ご判断いただきたい。 ■ストーン×ランティモス監督の最強タッグは健在 登場人物の中で、やはり圧倒的な存在感を放っているのは監督との“最強タッグ”を継続中のストーンである。「第80回ヴェネチア国際映画祭」金獅子賞を受賞し、「第96回アカデミー賞」ではストーンが「ラ・ラ・ランド」(2017年)に続く2度目の主演女優賞を受賞のほか合計4部門受賞を果たした「哀れなるものたち」に続く作品なのだから、外野からの期待の声も相当なものだったと思われる。大きく認められた作り手がとる選択肢は要するに「前作の路線をスケールアップして続ける」か「違うところに行く」かしかない。 私は「ネタバレされても別に構わない。見て判断するのは俺自身だから」という気質だが、この映画に関しては自分の知っているどんな言葉を使っても満足いくバラシができない。各ストーリーの邦題は順に「R.M.F.の死」「R.M.F.は飛ぶ」「R.M.F.サンドイッチを食べる」。R.M.F.が特定の人物のイニシャルなのだろう、という予想ぐらいは誰でもできよう。が、死んでしまった人が飛んだりサンドイッチを食べることはないだろうから、時勢にしたがって物語が配列されているわけではないのだろうなという考えもわいてくる。 だが、それは、各物語のR.M.F.が同一人物であることが前提となってこそであるわけで、もしそれが「人間ですらない」「イニシャルですらない」となった場合、先に触れた予想は成立しなくなる。選択肢を奪われ、自分の人生を取り戻そうと格闘する男/海で失踪し帰還するも別人のようになった妻を恐れる警察官/卓越した教祖になると定められた特別な人物を懸命に探す女…大胆不敵なストーリーが3つ。その先の解釈は我々に委ねられ、そこに未知の人間の真実を見いだすかどうかも、こちら次第だろう。 「この物語は人間の条件と行動についてのすべてだ。アイデンディティ、支配、帰属意識、自由への欲求についてである」(ヨルゴス・ランティモス) 「この物語の面白さは、観客が自分の中にあるものが映し出されているということに気づくことにある」(リタ、リズ、エミリー役/エマ・ストーン) 「この物語はヨルゴスの独特な世界であり、彼には私たちが普段見ることのできないものを見ているように思わせる才能がある。そしてそこには魔法が存在する」(レイモンド、ジョージ、オミ役/ウィレム・デフォー) この物語が、自身の心理にどんな作用を及ぼすか。それを体験するのは、あなただ。 なお、ランティモス監督×ストーンによる最強タッグの過去作「哀れなるものたち」「女王陛下のお気に入り」は、ディズニープラスのスターで配信中。 ◆文=原田和典