「自分としては…」南野拓実が大きく変わった2つの要因。“失敗”を経て…「チャンスだと感じていた」わけ【現地発コラム】
2023/24シーズンのモナコはリーグ戦を2位で終え、来季のUEFAチャンピオンズリーグ(CL)出場権を手にした。その立役者となったのが、サッカー日本代表MF南野拓実だ。加入1年目の昨季は“失敗”の烙印を押されるも、今季はほぼフル稼働し、リーグ戦9得点6アシストの成績を残している。なぜ1年でここまでの変化を遂げることができたのか。(取材・文:小川由紀子【フランス】) 【動画】南野拓実のスーパーゴール!
●「今年は誰も南野拓実には期待していなかった」 メタモルフォーゼ。 「変化、変身」を意味するギリシャ語が起源のこの言葉を使って、レキップ紙のASモナコ担当、アントワン・モーモン記者は今季の南野拓実について描写する。 「リバプールから移籍してきた選手というのもあって期待が高かっただけに、正直1年目は“失敗”と言える出来だった。なので今年は誰も南野には期待していなかった。昨年よりは良いプレーをしてくれよ、と願ってはいたけれど、重要な戦力になることは期待していなかった。 それだけに今季の彼は、まさに“メタモルフォーゼ”だよ」。 モーモン記者が言うように、2022年夏、リバプールからモナコに加入した南野の前評判は、とてつもなく高かった。 モナコは、マリ代表のMFモハメド・カマラと同じ、その夏のメルカートでクラブ最高額の1500万ユーロ(約21億円)を投じて、日本代表の攻撃的MFを迎え入れた。 ところがデビューシーズン、南野がリーグ戦でピッチに立ったのは18試合。時間にしてフル出場8試合分に等しい約720分で1ゴール4アシストという結果に、『22/23シーズンのリーグ・アンでもっともがっかり移籍』という残酷な評価を下すメディアもあった。 しかし今季は、チームのエースストライカー、ウィサム・ベン・イェデルに次ぐ9得点、そしてチーム首位の6アシスト、という数字以上に、南野は、モナコがシーズンを2位で終えるうえで非常に重要な戦力となっていた。 この飛躍の理由について、南野自身は次の2つを挙げている。 ●「チャンスだというのを感じていた」 ひとつめは、監督が交代したこと。フィリップ・クレマン監督に代わって着任したオーストリア人のアディ・ヒュッター監督は、南野が初めて海外に挑戦したザルツブルク(14/15シーズン後半)での指揮官だった。 かつての指導者の就任が決まると、南野は、自分に何ができるかをアピールすべくプレシーズンから邁進。バイエルン・ミュンヘン戦で見事なシュートを決めるなどキレのあるプレーを連発し、開幕戦でスタメンの座をつかんだ。 その試合でさっそくシーズン1ゴール目をアシストしたのを皮切りに、4節までに3ゴール3アシストの大活躍でモナコのロケットスタートを牽引。8月のリーグ・アン月間MVPに選出された頃には、先発イレブンの一角を揺るぎないものにしていた。 「彼(ヒュッター監督)のやりたいサッカーというのは理解していたつもりだったので、コミュニケーションも取りやすいし、自分としては、チャンスだというのを感じていた」。 シーズン開幕から2ヶ月ほど経過した第8節のスタッド・ランス戦のあと、南野はそうコメントしている。 単に昔一緒にやっていた監督だったから、というだけでなく、ヒュッター監督が実践したいサッカーが、自分の持ち味を生かせるスタイルだったことが、南野にとってはなによりの追い風だった。クレマン監督のシステムではサイドで使われることが多く、相手と1対1のデュエル勝負に重点が置かれ、ボールを持ってラインの間に切り込んでは攻撃チャンスを作り出す、といった彼が得意とするプレーを繰り出せるタイミングはほとんどめぐってこなかった。そうして活躍するシーンがなければ出場機会も減り…という悪循環に陥った。 しかしヒュッター監督が採用する、ストライカーの後方にセカンドストライカーを配して中から崩していくシステムでは、ロシア代表MFアレクサンドル・ゴロビンとコンビを形成して、得意とするカットインやターンなど、水を得た魚のようにインパクトのあるプレーを連発している。 ●昨シーズンからの“体”の変化 攻撃チャンスになると、相手ディフェンダーが密集しているエリアに果敢に切り込んでいく南野にボールを預ける、という動きは今季のモナコの象徴的なスタイルになっていた。一歩間違えば相手にカウンターのチャンスを与えるリスクも負ったプレーだが、「そこを勇気を持ってターンできる選手がいると攻撃に繋がるし、そのターンだけで結構展開が変わるシチュエーションというのは多いので、そういうプレーを増やしていければいいかなと思っている」と覚悟をもって臨んだ南野のプレーは何度となく勝機を引き寄せた。 そして、「リスクは犯しても攻撃を追求する」というヒュッター監督のそうしたサッカー哲学が、戦術やシステムに加えて、南野だけでなく周りの選手たちにとってもやりやすいものであったことでチーム全体のパフォーマンスが向上し、その中で南野のプレーはさらに効果を発揮することになったのだった。 南野は相棒のゴロビンだけでなく、ベン・イェデルとも絶妙なコンビネーションを見せているが、「僕だけじゃなくていろんな攻撃のいい選手がいるから、お互い常に練習からどの選手と絡んでもいいコミュニケーションができるように今シーズンを通してなってきた」と手応えを口にしている。 そして南野が挙げる好調のもう一つの要因が、フィジカルトレーニングの成果だ。 昨シーズンは、「マジできつすぎて、試合のときにフレッシュじゃない」ともらしていたが、オフの間に体を強化してトレーニングの強度に自分の体を順応させ、なおかつフィジカルチームと密にコミュニケーションをとってそうした強度の高いトレーニングをどのタイミングで入れる、といった、南野いわく「対策や傾向」がわかるようになった。その結果、第7節のマルセイユ戦を内転筋痛で欠場した以外は、怪我やコンディション不良による欠場は1試合もなく、シーズンを走り切った。また、そうして休みなくコンスタントに出場を重ねることでさらに良いリズムが作れるという、昨季とは真逆の好サイクルも生み出された。 2024年の年頭には、カタールでアジアカップ準々決勝を戦った翌日にモナコのリーグ戦に途中出場、という驚愕の「中0日」出場もやってのけている。 9ゴール6アシストという今シーズンの数字的な結果については、「物足りなかったなっていうのが正直なところ」と南野は振り返る。 ●「9点取れたっていうことよりも…」 「9点取れたっていうことよりも、9点しか取れなかった。それよりもっと取れるように改善はできると思ってます」と、自身が目指す設定値は高い。最後に相手GKがちょこっと触ってオウンゴールになったような惜しいシュートも何度かあり、2ケタ得点は軽く実現できたくらいにゴールに絡んでいたから、余計惜しい気持ちもあるだろう。 ただ、見ている側の評価は一変した。とりわけ重要な試合で決定的な仕事をするという点において、南野は並々ならぬ貢献をしている。 昨年については辛口だったモーモン記者も、「RCランス戦での彼の決勝弾、あれは殊勲ものだった」と絶賛する。 南野がアジアカップで不在だった年明けの2試合で1敗1分と失速したモナコは、続くル・アーブル戦にも引き分け、UEFAチャンピオンズリーグ(CL)出場圏外の5位に転落。リールやレンヌといった実力派チームとの攻防戦に巻き込まれていった。モーモン記者が挙げたRCランス戦は、そんな渦中の23節、勝ち点2差で追われる相手との、負ければ順位逆転という直接対決だった。 この試合で南野は、記録こそ相手GKのオウンゴールとなったが、貴重な2点目をもたらすと、2-2に追いつかれて迎えたアディショナルタイム、右サイドから鋭いドリブルでペナルティーエリアに切り込み、マッチアップした相手をかわす鮮やかなトラップから見事な左足ボレーを突き刺した。ラストミニッツに勝ち点3を手に入れたこの瞬間の、ヒュッター監督やスタッフたちの興奮ぶりといったらすさまじかった。 この勝利でCLストレートインの3位に再浮上したモナコは、4月に行われた30節で、1点差で追う2位のブレストとふたたび直接対決に挑んだ。そしてここでも南野は、先制点を生み出すきっかけを作った攻め気あふれるプレーに続き、後半開始直後に2点目を自らネットにおさめ、2-0での勝利を引き寄せている。 RC ランスもブレストも敵陣での対戦。しかもリーグ・アンでもっとも“プレーしにくい”と敬遠される相手の本拠地で発揮した強心臓。そうした攻撃での好パフォーマンスに加えて、守備面が脆弱だった今季のモナコにおいて、南野は守備でも大いに奔走した。 サイドバックにも超攻撃的な選手を置くことの多いヒュッター監督のラインナップでは、南野とゴロビンが賄うエリアへの攻守両面での負担はかなり大きかったのだが、 「逆に僕とかゴロビンのところで奪って前を向ければ、相当チャンスになってそれが攻撃に繋がっている場面も多い。そのところで、自分を示していかないといけないなと思っている」と南野は意欲的だった。レンヌ戦で、ハーフライン付近からゴール前までピッチを激走し、どんぴしゃのスライディングで相手シュートを弾き出した超ファインプレーは、その心意気とともにメディアでも大喝采を浴びた。 ヒュッター監督は最終節のあと、南野について、しみじみとした様子でこう話した。 ●「自分としてはもっと出来たと思う」 「タキのことは2014年、まだ彼が若かった頃から知っていて、ザルツブルグにいた頃から好きな選手だった。それ以来彼の成長ぶりをずっと観察していた。リバプールへと大きく飛躍したが、そこではうまくいかないこともあったようだ。そしてモナコにきて、ここでも、厳しい時を過ごしていたように思う。選手にとって、かつてともにプレーした指揮官については、その哲学というものを理解しているものだ。その監督がどういったマネジメントをするのか、というようなこともね。 彼は今シーズン、非常に良いインパクトをチームに与えてくれた。多くのゴールも決めてくれたし、今日は絶対に10点目をとるんだ、と意気込んでいたよ(笑)。彼は素晴らしい活躍をしてくれた。チーム全体と同じくね。そして彼はこのチームにとって非常に大きなパートをしめている。CLに挑む来季のチームにおいても、中心選手となるべき存在だ」。 不完全燃焼に終わった昨シーズンのあと、南野は「来シーズンこそ絶対中心選手で、チームの力になる」と心に誓ったという。そして今シーズン、その言葉どおりの選手となった。 それは、モーモン記者のいう、“メタモルフォーゼ”(変化、変身)というよりも、昨シーズンは引き出されなかった彼本来の力が発揮された“覚醒”に近いように思う。ただ、モナコにおいての南野の存在感、重要性ということであれば、たしかにそれは劇的に“変化”した。プレー面だけでなく、「今季こそ」という気合いで臨んだ彼の力強い意志も、チームを鼓舞する役割を担っていた。 試合日のモナコのスタジアム周辺では、南野の「18」のシャツを身につけたファンをいたるところに見かけるのだが、彼らは一様に、「ようやく“タキ”の本来の姿を見ることができた」という喜びと、「でもまだこれが彼のすべてではない。来シーズンはさらに進化した姿を見せてくれるはず」という期待を口にする。 南野自身も、今季が自分の真価を発揮したシーズンだとは思っていない。 「自分としてはもっと出来たと思う」とシーズンを総括した南野は、来シーズン、CLに挑むモナコで、さらにパワーアップしたパフォーマンスを見せることを、己に誓っているのだ。 (取材・文:小川由紀子【フランス】)
フットボールチャンネル