「逃げない」強打者、決意の涙 智弁学園・前川選手 選抜高校野球
第93回選抜高校野球大会第9日(29日)の準々決勝、八回裏無死一、二塁。智弁学園(奈良)は一発出れば同点の好機に、今大会屈指のスラッガーとの呼び声も高い3番・前川右京選手(3年)が打席に入った。六回1死満塁の好機はショートゴロ。ヘッドスライディングで併殺は逃れ、1点を返したものの主軸への期待に応えられなかった。今度こそ「絶対につなぐ」との思いでバットを振った。 【今大会のホームラン】 1年生の夏に4番の座をつかみ、2020年夏のセンバツ交流試合にも出場したプロ注目の左の大砲。19年夏の甲子園には、津田学園(三重)の3年だった兄夏輝さん(19)と、それぞれ4番打者として出場。過去2度の甲子園でも適時打を放って逆転に貢献するなど、主軸としてチームを支えてきた。 暇さえあればバットを振るという「練習の虫」。この冬は「一日一日後悔のないように」と午後10時ごろまで室内練習場にこもり、ほぼ毎日最後に鍵を閉めてきた。「チームのために長打力を生かしたい」と高校通算32本を数える本塁打に強いこだわりを見せる。 一方、たゆまぬ努力と輝かしい成績の裏で、何度も打撃不振にあえいできた。昨秋の近畿大会でも力んで思うように打てず、思い悩んだが、大阪桐蔭との決勝では右翼にソロアーチを架け、不調を振り切った。しかし、その後も順調とはいかず、今月6日の練習試合解禁後も冬の鍛錬は結実せず、開幕直前まで頭を抱えていた。 「良い時が全てじゃないし、逃げたらあかん。苦しいけれど、苦しんだ分良いバッティングができる」。そう信じながら、毎日1000本、2000本とバットを振り、「逃げない」強さを示してきた。共に1年の時からチームを支える左のエース、西村王雅(おうが)投手(3年)も「右京の野球に対する意識は誰よりもすごい。野球であかん時、僕も皆も逃げてしまうけれど、右京は絶対逃げないんです」とその努力をたたえる。 昨年は新型コロナウイルスの影響で春夏の甲子園大会がなくなった。「先輩たちのためにも日本一を」との思いで臨んだセンバツ。1回戦の大阪桐蔭戦は無安打に終わり、2回戦の広島新庄戦で2安打を放ったものの「自分のスイングができなかった」。 この日も苦しみ抜き、八回に振ったバットは外角低めのスライダーを引っかけた。セカンドほぼ正面の併殺コース。またも頭から一塁に飛び込んだが間に合わなかった。打線をつなげられず、ベンチでは今にも泣きそうな顔で唇をかんだ。スタンドでは、夏輝さんも弟の活躍を見守った。「誰よりも悔しかったんじゃないか。まだ終わりじゃないし、もう一つ大きくなって、夏にまた帰ってきてほしい」 最後まで「チームのために」と全力を尽くしたが、「一番やってはいけないことで流れを壊してしまった。今日負けたのも、全部自分がつなげられなかったから」と試合後、涙声で取材に答えた。「まだまだ練習が足りなかった。本当に練習が足りないだけ」。高校最後の夏、再び戦いの舞台に立つために、バットを振る。【林みづき】 ◇全31試合を動画中継 公式サイト「センバツLIVE!」では、大会期間中、全31試合を中継します(https://mainichi.jp/koshien/senbatsu/2021)。また、「スポーツナビ」(https://baseball.yahoo.co.jp/senbatsu/)でも展開します。