フリーアナウンサー・神田愛花『マナティーとヒムティー。夏休み旅行記③』
「マナティーと泳ぎたい!!」
6泊8日のフロリダ旅行、最終日はメジャーリーグのタンパベイ・レイズの本拠地、トロピカーナ・フィールドに行く予定だった。メジャーの球場にはそれぞれ個性があると知って以来、30ヵ所すべてを訪れることが、私の夢の一つに。これまでに行ったのは、まだ12ヵ所。中でもトロピカーナ・フィールドは、車の運転ができない私にとって、夫がいないと行きにくい場所だった。 【画像】個性あふれる神田愛花さんの直筆イラスト(1回~65回)はこちら (ようやく行ける!)と思っていた日本を発つ5日前、YouTubeでフロリダの動画を見た夫が急に、「マナティーと泳ぎたい!!」と言い出したのだ。 メキシコ湾沿いにあるクリスタルリバーという町の水路に野生のマナティーが生息していて、そこはアメリカで唯一、一緒に泳ぐことが認められている場所だそうだ。(最終日に球場と両方行ける!?)。心配で調べると、宿泊先とその2ヵ所はちょうど正三角形の位置関係で……総運転時間が5時間と判明した。 それでも「大丈夫、両方行こう!」と言う夫。体重が重いせいで膝がボロボロな人が、ディズニー・ワールドを2日間歩き回った翌日に5時間の運転!? 地図も膝も客観視できていない夫に呆れたが、一晩考え、私の夢よりも、私より先に他界するであろう夫の思いつきに付き合ってあげようと考え直した。 そして当日、やはり夫はヘロヘロで、午前中はゆっくりしたいと言いだした。それも見越して、マナティーツアーは午後に予約しておいた私。念願の球場への想いを、涙を飲んで抑え込んだ。 そしてマナティーのもとへ。一切触れてはいけないこと、大きな音に驚いてしまうので、話し声やシュノーケルから吐く息に気をつけることなどを学んでから、船に乗った。10人の定員は満員だった。マナティーは冬に多く、夏は遭遇できない日もあるそうだ。実際、開始から1時間半経っても出会えていなかった。残りあと30分。さっきまで笑っていた夫も、「もうマナティーはいいから、せめて水に入らせてくれ!」と焦り出していた。すると、水中で探していたインストラクターさんから「Everybody Go!!」の声が。 途端に、我も我もと全員水路へ。音を立てないよう注意しつつ、必死で泳ぎ始めた。泳げない私は一人だけ遅れを取った。見兼ねた夫が「腰に掴まれ!」というジェスチャーをしたので掴むと、ようやく合流できた。近くにマナティーがいるはずなのに、水が濁っていて何も見えない。水中でキョロキョロしていると、インストラクターさんが肩をトントンとしてきた。何かの合図をしているが、読み取れない。その瞬間、左後方から、ヌオ~!! とぶっとい魚雷のような黒い塊が、近づいてきたのだ。 ◆呆然としてしまうほどの巨体 「○×△(マナティー)!!」。シュノーケルを咥(くわ)えているので言葉にならなかったが、驚いて大声を出してしまった。とにかく近かったのだ。私のお腹に触れてしまいそうなくらい、真下に入り込んできた。(絶対に、触っちゃダメだ!)と、咄嗟に顔の横で両手のひらを見せる体勢を取った。そしてマナティーの背中で視界が塞がれた数秒間、微動だにせず耐えた。 マナティーが通り過ぎ、みんなが後を追う中、私は一人その場で呆然としていた。大きさに面食らったのだ。せいぜい夫と同じくらいだろうと思っていたが、軽く夫の5倍はあった。ぼーっとしていると、足がついていることに気がついた。(え!?)。水深が1m強しかなかったのだ。(この浅さでマナティーと私が上下に!? そりゃ近いわけだ!)。 遠くのほうでマナティーを追いかける仲間たち。一人だけこちらを向いてゴーグルを外す人がいた。夫だ。ついて来ない私を心配したのだろう。「Good!」サインを送ると、頷き、またマナティーと泳ぎ始めた。ふと(夫って意外と小柄だなぁ)と思った。マナティーを見た直後だからだろうか。いつもすごく太っているように感じていたが、実はそんなことないのかもしれない。 船に戻ると、夫はとても満足気だった。私の中でももう、球場へ行けなかった遺恨はない。「楽しかった!」と笑顔で伝えると、少年のような瞳で「来年はどこに行く!?」と夫。「どこにしようかねえ?」と答えながら、(この人といるとやっぱり人生が楽しいよ!)とフロリダの青空に伝えたのであった。 かんだ・あいか/1980年、神奈川県出身。学習院大学理学部数学科を卒業後、2003年、NHKにアナウンサーとして入局。2012年にNHKを退職し、フリーアナウンサーに。以降、バラエティ番組を中心に活躍し、現在、昼の帯番組『ぽかぽか』(フジテレビ系)にメインMCとしてレギュラー出演中 『FRIDAY』2024年10月18・25日合併号より イラスト・文:神田愛花
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