今だからこそ、個々の文化理解を──関根健次とともに「平和」について考える
9月21日は「国際平和デー」だ。ロシアによるウクライナへの軍事侵攻やガザでの紛争など、世界では現在も争いが絶えない。平和への強い願いから映画会社「ユナイテッドピープル」を創業した関根健次とともに、カルチャーを通じた社会への問題提起と行動変容について考える。 【写真の記事を読む】ユナイテッドピープルの関根健次が薦める、「平和を考えるための映画と本」
◼︎戦争の犠牲者であるガザ地区での少年との出会い 「世界中の子どもたちが、子どもらしい夢を描ける、平和で持続可能な世界をつくることに貢献したい。だから、ユナイテッドピープルを創業しました」 平和、戦争、難民、気候危機、ジェンダーなど、あらゆる社会課題をテーマにした映画を配給する「ユナイテッドピープル」設立のきっかけをこう語る関根健次。2009 年の創業以来、世界と日本の人々の心と心をつなぐ映画をこれまでに90作品以上届けてきた。 もともと大学を卒業する頃の関根の夢は、フランスでワイナリーをつくることだったという。だが、1999年、人生の方向性を180度変える出会いがあった。 「大学の卒業旅行でワイナリー巡りをしながら世界を旅していたときに、エルサレムを訪問しました。そこである日本人女性に誘われ、彼女が住むガザ地区を訪れることになり、初めて紛争地に足を踏み入れたんです。ある日、彼女が働く病院の前の広場でサッカーをする子どもたちに交ぜてもらったのですが、そこには穏やかな日常が広がっていました。ふと、イスラエルの占領下に置かれているガザ地区で育った子どもたちは、どんな将来の夢を持っているのだろうかと思い訊いてみると、学校の先生や医者など、戦争で傷ついている人のために役に立ちたいと話す子たちが多かった。しかし、ある13歳の少年は僕に真剣にこう語ったんです。『僕の将来の夢は、できる限り大きい爆弾を開発して、多くのユダヤ人を殺すこと。ヒトラーのようになりたい』と。僕は返す言葉を失い、頭が真っ白になりました」 これ以上の衝撃を、現在に至るまで受けたことがないと振り返る関根。少年は4歳のときに目の前で叔母がユダヤ教徒のイスラエル兵に銃殺された体験を関根に話した。そして、底知れぬ哀しみは、いつしか憎しみに変わってしまったのだ。「少年は大人から武装勢力の一員として、『一緒に武器を持って戦おう』とリクルーティングされていたんです。僕は『家族や親戚を殺された君が、敵だという人たちの上に爆弾を落として誰かが死んでしまったら、その人の家族が君と同じ思いを持って、仕返しに殺しにやってくる』と説得しました。すると彼は、『健次が言ったことは正しい。でも、僕はいつかやってしまうと思います。国際ニュースになる日のことを楽しみに待っていてほしい。そのとき、僕の命がなくても』と言ってちょっと微笑んだんです。僕はその瞬間背筋が凍り、恐怖を感じました」 戦争の犠牲者であるこの少年との出会いをきっかけに、多くの疑問が湧く中、関根の夢はワインづくりから世界平和へと動き出した。 ◼︎平和のために文化がもつ力 関根率いるユナイテッドピープルが配給する数々の映画は、人々のリアルな日常を通して、感情に触れ、命の尊さを感じ、平和を希求する心を育む。 「映画は感動を届けるメディアだと思っています。映画を観て、なんとかしなければいけない世界があると感じたうえで、自分にできることを探していただきたい」 例えば、『ガザ・サーフ・クラブ』(2016)に映るサーファーたちには、波を愛するものたちに共通する目の輝きがある。親が子にサーフィンの魅力を教え、良い波が立つ日には友人同士声を掛け合って海に入る。「ガザ地区でサーフカルチャーが生まれるきっかけを作ったユダヤ系アメリカ人のドリアン・パスコウィッツは、検問所で止められながらも『撃てるものなら撃ってみろ』と命懸けで十数枚のサーフボードをガザに持って入りました。パスコウィッツはSurfing for Peaceという団体を立ち上げ、『サーフィンを愛する者同士は友達になれる』と発言しています。ここに、分断を超えて共存できるキーワードがあると思うんです」 2023年10月7日のハマスによる奇襲攻撃の1週間後に開催された『ガザ素顔の日常』(2019)の緊急オンライン上映会には、1日で1300 人が参加し、約170万円の寄付金が集まった。また今年7月には、イタリア人の医大生がガザ地区で研修をする姿を追った映画『医学生ガザへ行く』(2021)の無料上映会が45大学47キャンパスで開催された。上映会は今も全国で開催され、人道支援のための募金だけでなく、即時停戦を求める署名活動などが行われ、各地から主体的なアクションが広がっている。 ◼︎今の日本でできること 世界平和を目的に起業して20年以上が過ぎた今、関根が日本社会に必要だと感じていることは、“平和的な外交”だという。「平和なときにしかできないことがあります。私たちは世界を行き来できますが、台湾をめぐっての戦争が危惧されている今だからこそ、国際理解を深める必要がある。暴力は暴力の応酬を呼ぶため、平和は平和的な手段でしか勝ち取れないと常々思っています。対立や恐怖心を煽るのではなく、共感や協調の関係性を作っていくことは、今しかできないことです」 実際に平和を武器とする国が、コスタリカだ。1948年に軍隊を撤廃し、現在まで軍事力なしで平和を維持してきた。「積極的平和国家と僕は呼んでいて、平和外交を大切にし、2017年7月7日に国連で採択された核兵器禁止条約の交渉会議議長国として世界に貢献しています。平和と戦争は表裏一体だと思っていましたが、コスタリカに行ったら平和しかなく、軍人のいないことが常識の社会が、そこに存在したのです」 国連が休戦と非暴力の日と定めた9月21日の国際平和デーに合わせ、関根は国際平和映像祭や音楽フェス、PEACE DAYを毎年開催している。「国際平和映像祭は、多様な国の映像作品が見れるだけでなく、作り手の学生や監督たちと出会える場です。海外に友達がいたら、その国で何かあると心配になりますし、その人が住む国と戦争をしたくないですよね。ファーストネームで呼び合える、そういう関係性を広げていくことが大切だと僕は思っています。そして、心が恐怖に支配されると軍拡競争になっていくけど、一人ひとりが内なる平和を意識し、恐怖や憎しみといった感情から解放されて、愛や優しさを持って世界と繋がっていけば、平和な世界が維持できると確信しています」 関根健次/KENJI SEKINE 2002年、世界の課題解決を事業目的とするユナイテッドピープルを設立。2009年より映画事業を開始し、社会課題をテーマにした作品を配給。2021 年に、平和をコンセプトに、難民支援や食糧支援の活動に寄付するユナイテッドピープルワインをスタートさせる。一般社団法人国際平和映像祭の代表理事、NPO法人PEACE DAY理事なども務める。
写真・Gion 文・大庭美菜 編集・橋田真木(GQ)