長髪にあごひげ、異色の感染症医の奮闘記(レビュー)
コロナ禍においては多くの専門家がテレビに登場したが、その中に長髪にあごひげの、一見医者らしからぬ風貌の人物がいたことをご記憶だろうか。今回紹介する『ウイルス学者さん、うちの国ヤバいので来てください。』は、その古瀬祐気氏が書き下ろした一冊だ。 著者は学生時代、バンドを組んでCDを出したり、あちこちで演奏活動したりと、いわゆる「とんがった」存在であったという。しかしその後はフィリピンで蔓延する感染症研究に携わったり、致死率が最高九割にも達するエボラウイルス病対策のためにアフリカで奮闘したりと、実に強烈な体験を積んできている。著者のSNSでの受け答えなど見ていると、まだ若いのにやけに肝の据わった人だなという印象があったが、本書を読んでなるほどと納得がいった。日本とはあらゆる意味で異なる、苛烈な環境の中で人の生死を見つめ続けてきた男が、画面越しの罵倒ごときで動じるはずもなかった。 本書の最終章は、新型コロナのクラスター対策班の一員として過ごした日々がテーマとなっている。さらさらと軽いタッチで綴られているが、実際には我々の想像を超える過酷な環境であったことが窺える。人々の命を守るために骨身を削っているというのに、国民からは嫌われ、政府からは疎んじられる、何とも損な役回りだ。我々は、彼らの専門家としての矜持と超人的な忍耐力に、ただ甘えているだけではなかったか。改めて考えさせられた。 [レビュアー]佐藤健太郎(サイエンスライター) 1970年、兵庫県生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了。医薬品メーカーの研究職、東京大学大学院理学系研究科広報担当特任助教等を経て、現在はサイエンスライター。2010年、『医薬品クライシス』で科学ジャーナリスト賞。2011年、化学コミュニケーション賞。著書に『炭素文明論』『「ゼロリスク社会」の罠』『世界史を変えた薬』など。 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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