大好きな作品に「記憶を消してもう一回」ができたら…?すべてのエンタメに突き刺さる読切漫画に「本当に好き」の声【作者に訊く】
素晴らしい作品に出合ったとき、最初の感動や衝撃をもう一度味わいたくて「記憶を消したい!」と思ったことはないだろうか。それは一見夢の技術のようにも思えるが、想定外の副作用もあるもので……。 タカノンノ(@takanonnotakano)さんのオリジナル漫画「記憶を消して読みたい漫画」は、X(旧Twitter)上で1.3万件以上のいいねとともに、「本当に好きな話」「考えさせられるおもしろい作品」と読者からさまざまな反響が寄せられている作品だ。新人漫画家と、彼女の古くからの友人で、“記憶を消すアプリ”の開発者の二人を軸に描かれた中編は、コミカルながらも“作品の記憶”について考えたくなるテーマを帯びている。そんな同作の舞台裏を、作者のタカノンノさんに取材した。 【漫画】「記憶を消して読みたい漫画」を読む ■「記憶を消して読みたい漫画」あらすじ 新人漫画家の「森メイ」はある日、選んだ作品の記憶だけを消すことができるというアプリの存在を知る。アプリの開発者は「江波莉明」という女性で、彼女は森の中高時代からの友人だった。 かつてはお互い漫画制作に熱中していたのに、いつの間にかアプリ開発者になっていた江波のもとを訪れた森。なりゆきでアプリを試すことになった森は、先週読んだばかりの短編集の記憶を完全に喪失。あまりの出来事に「ヤバいです友人の発明」と、担当編集者に熱弁するほど。 森が興奮するのも当然で、「もう一度初見時の感動や興奮を味わいたい」という願望を叶えるアプリはあっという間に広まっていった。 だが、アプリがもたらすのは感動や興奮ばかりではなかった。“過去の傑作”がいつでも新作のように楽しめるようになったことで、“まだ世に出る前の作品”への需要が低下。エンタメ業界は大打撃をこうむり、既存の作家も筆を折る事態に陥ったのだ。 そんな想定外の状況を江波に伝えることにした森だったが、江波は暗い笑みを浮かべ「こんなに上手くいくとはな」とつぶやき――、というストーリー。 ■「本当に消すことができたら」二人の主人公に込めた思い 同作は「くらげバンチ」(新潮社)上に掲載された読み切り作品。「記憶をなくしてもう一度」という素朴な願望を題材に、創作者の苦悩や、森と江波の友情、「作品の記憶」とは何かなど、さまざまな視点が織り込まれた中編だ。 作者のタカノンノさんは「ショートショートショートさん」などの作品で知られるプロの漫画家。今年10月からは、くらげバンチにてスランプに陥った学生漫画家と、彼を「殺す」ことを目標に漫画を描く同級生の奇妙な関係を描く新連載「推し殺す」がスタートした。そんなタカノンノさんに、「記憶を消して読みたい漫画」のアイデアや、「創作」という題材への想いについて話を訊いた。 ――「記憶を消して読みたい漫画」のアイデアが生まれたきっかけを教えてください。 【タカノンノ】おもしろい作品を見たり読んだりした人が「記憶を消してもう一度最初から見たい・読みたい」という感想を言っているのをよく聞くけど、『本当に消すことができたらどうなるだろう……』と、担当編集者さんと雑談したことがきっかけです。そこから想像を膨らませて、主人公二人の物語に落とし込みながら描きました。 ――二人のやり取りが一見コミカルであるからこそ、「記憶を消して読む」ことへの思いが強く伝わってきます。本作の演出やストーリーで意識したポイントはどんなところでしょうか? 【タカノンノ】「状況はヤバそうなんだけど、少し間の抜けた雰囲気も漂っている」くらいの温度感が、題材的にも私の描きやすさ的にも丁度いいかなと思って演出しました。アニメ『ブレンパワード』以降の富野由悠季作品みたいな、緊張感があるんだかないんだかよくわからない作品が好きなんです。 主人公二人に関しては、私が「互いに惹かれ合ってるんだけど同時に嫉妬心も抱いてる」という関係性がもう大好物なのでこのような構成にしました。二人とも幸せになれるといいですね。 ――タカノンノさんはほかの作品でも「創作」や「創作者」を題材に選ばれていますが、そうしたテーマにはどんな思いがあるのでしょうか? 【タカノンノ】それしか引き出しが無いからです……と同時に、何かを創り出してそれが自分や他人の救いになる構図って美しいなあという思いもあったりするので、よく題材に選びます。 ――また、ショート漫画と、本作のように長い尺の作品を描く際とで作り方や意識の違いはありますか? 【タカノンノ】中編漫画だから「ショート漫画のように展開を詰め込む必要はなく、ゆっくり進められる」かというと一概にそうとは言い切れず、物語の形にもよりますけど、作中、常に面白ポイントを用意して読む人を飽きさせないための工夫が要ります。ショート漫画と中編漫画とで、そこまで意識に違いはないかもしれません。 ――今年10月から、新連載「推し殺す」もスタートしました。タカノンノさんの作品へ興味を持たれた方へメッセージをお願いします。 【タカノンノ】今、くらげバンチで連載中の「推し殺す」ですが、きっとおもしろいのでぜひ読んでください。既に読んだ人は、もう一度読んでください。よろしくお願いします。 取材協力:タカノンノ / くらげバンチ(新潮社)