「オリンピック獲ったぐらいの気持ち」羽生結弦が単独ツアー千秋楽で異例の対応をしてまで明かした想い
「『オリンピック獲ったな』ぐらいの勢いで、めちゃくちゃ練習してきたことが達成できた。達成できたからこそうれしいし、嬉しさとともに寂しさが一緒に積もってきたっていう感覚がある」 【写真】表現者としてさらなる高みへ…羽生結弦・現役時代最後に見せた美技 フィギュアスケート男子で冬季五輪2連覇を果たし、’22年7月にプロ転向した羽生結弦(29)初の単独ツアー公演「Yuzuru Hanyu ICE STORY 2nd “RE_PRAY” TOUR」の千秋楽公演が2月19日、横浜市のぴあアリーナMMで行われた。昨年11月4日にさいたまスーパーアリーナで幕を開け、1月の佐賀公演(SAGAアリーナ)、そして今回の横浜までの3都市計6公演を駆け抜けた唯一無二の表現者は、熱気溢れたショーの余韻に浸りながら冒頭のように語った。 ’23年のプロ転向後、初のアイスショーで「現役時代より体力をつけて、いろんな表現ができるようになったつもり。これからも〝選手〟と呼んでいただけたらうれしい」とファンに宣言したように、競技会から離れてもアスリートであることにこだわり続けてきた。約2時間半にわたる今回の単独公演。千秋楽で見せた舞は圧倒的だった。 ゲームの世界観をベースにした演出。リンクに併設された巨大モニターに映し出された羽生がコントローラーを手に物語を進めていく。演出に込めた意図を初演後にこう語っている。 「自分が選んできた選択肢が人生の中にあって、その選択肢の先に破滅っていうルートがあったとして、全ての障害を乗り越えて、夢をつかんで、目標をつかんで……っていう人生があったとして、それがもう一回繰り返されるんだったら、皆さんは何を選ぶだろうか。皆さんが何を選んで何を感じるのかなということを、このアイスストーリーの中で、皆さんに考えてもらいたいっていうのが、今回のテーマ」 羽生の頭の中の漠然としたイメージが、振付家のMIKIKOさんをはじめ、映像、演出、照明の各チームの協力によって形作られた。 そして、その世界観を華麗に彩ったのは、紛れもなく羽生結弦の至高の12演目だった。演目は以下の通りだ。 (1) いつか終わる夢 (2) 鶏と蛇と豚 (3) 阿修羅ちゃん (4) MEGALOVANIA (5) 破滅への使者 (6) いつか終わる夢 (7) 天と地のレクイエム (8) あの夏へ (9) 春よ、来い (10) Let me Entertain you (11) SEIMEI (12) Introduction and Rondo Capriccioso(序奏とロンド・カプリチオーソ) その中で最も強いこだわりを持っていたのが、前半ラストの『ファイナル・ファンタジーⅨ』の楽曲を使ったプログラム『破滅への使者』だった。 モニターの砂時計が残り6分から動き出す。実際の試合と同様に6分間練習から演技に入る流れを見れば、羽生がアスリートであり続けたいという思いが最も込められた演目であることは容易に想像がつく。千秋楽までの5回の公演は一度もノーミスで終えられなかったという。いわばラストチャンスの舞台に懸けた執念を羽生はこう語っている。 「朝起きて、1時間ストレッチとトレーニングして、練習行って、3時間トレーニングとスケートして、帰ってきて、1時間半トレーニングして寝る前に1時間イメトレして……みたいな日々をずっと繰り返してた。試合をやってる(現役の)ときよりも練習したり、イメトレをしたりしてきました」 効果はてきめんだった。 美しい回転軸で着氷まで滑らかな4回転サルコーから入ると、3回転半(トリプルアクセル)―2回転トーループ、3回転ループ、4回転トーループ、4回転トーループ―1オイラー―3回転サルコー―1オイラー―3回転サルコーの5連続、3回転半の6度のジャンプを全て成功。会場を埋めた7000人が熱狂した。喜びもひとしおだったのだろう、アンコール1曲目の『Let me Entertain you』に入る前にマイクを手にして、羽生はこう笑みをこぼした。 「やっと『破滅』ノーミスできたぁ。いや~、ありがとうございます」 この日の羽生は実に雄弁だった。その後もアンコールに入る前に10分近く思いを届けている。 「本当にいっぱい、色々なことを伝えたい気持ちがたくさんあって。けど、結局なんか毎回これを、このストーリーを滑り切る頃には、毎回力尽きてて。脳みそに酸素が回っていなくてですね、忘れちゃってるんですけど。なんかやっぱ寂しいなぁって思って。毎回毎回、魂をぶち込んで滑っているつもりです。どうかあの、今日という日がちょっとでも皆さんの記憶だったり、心だったり、なんかそういった中での、もう本当にかけらとも言わなくていいんで、本当に一粒の砂みたいなものでいいんで、それぐらいでも何かしら今日の感情が残ってくれたらいいな~って思っています」 語りかけるように羽生は言ったのだった。 そして「しんみりしちゃったんで、あげていきましょう」とアンコールへ。 『Let me Entertain you』『SEIMEI』『Introduction and Rondo Capriccioso』という選手時代の名演目を惜しみなく披露。最後は肩で大きく息をするほどに死力を尽くした。それでいて、Adoの『私は最強』を使ったフィナーレはイナバウアーのおまけつき。 「どこにも自信がなくて、どこも自分のこと好きでもない、こんなちっぽけな自分に、ありんこみたいな超ちっちゃい自分に、ここまで力をくださって、応援してくださって、いろんなこと感じてくださって本当にありがとうございました」 そんな言葉を言い残して氷上を後にした。 公演後、報道陣の前に姿を見せた羽生はこう総括した。 「ツアーということで、回を重ねるごとにいろんな課題が見つかったり、達成できたものが見つかったり、本当に毎回毎回、進化すべきところが見つかっていった。競技者として戦っていくような、過去の自分をどうやって乗り越えていくのか強くなっていくのかっていうことを常に考えながら、本当にストイックに自分を追い込みながら練習をしてこれた」 製作総指揮を務めた壮大な物語を自身の体一つで演じきった充実感に溢れていた。冒頭で紹介した言葉には続きがある。 「まだまだこれから構成を上げられると思いますし、もっと強くなれると思うんで、もっと練習しますって感じです」 稀代のスケーターは、新たな未来をしっかりと見つめていた。 取材・文:秦野大知
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