西田敏行さんは「4日間ゴリラを見続け完璧に模写」 俳優・原田大二郎さんが語る “名優たちとの交流”
■西田敏行は完璧に模写 三國連太郎はまったく別人になる 高倉健は貫き通した (原田大二郎さん) 「高倉健さんにしても裕ちゃん(石原裕次郎)なんかにしても、基本的には『この人、好きなんだよなあ』って思わせる魅力をぷんぷん匂わせているじゃない。演技ってそれなんだろうと思う」 「たとえば、三國連太郎さんは、5つ役があったら5通りの演技をやるわけですよ。それぞれが見事に全く別人となっている。郵便局員を演じたら、もう郵便局員にしか見えない。緻密でないとできない演技だね」 「高倉健さんは、どんな役でもこれだという演じ方をみつけて、それを貫き通した人。13本の作品があったら13本同じ芝居をする」 ー原田さんは、どのように演技に向き合いましたか? (原田大二郎さん) 「僕は定まらなかったな。人には感化されてきたけど」 「西田敏行は、青年座に入る前、郡山から東京に出てきて、まずは動物園でゴリラを4日間観察し続けた。あいつのゴリラ芸はすごかったよ。完璧にゴリラになりきった。観察がとても大事だということ。観察して、それを再現するのがうまいんだよね。ゴリラの本質に近づいて、真似をできる人はそういない。持って生まれたものだろうね」 「石原裕次郎が出てきたときは、鮮烈だったね。『太陽の季節(1956年)』でみせた裕次郎のちょっとした仕草やセリフは、それまでの人気俳優の演技が一気に古臭く感じてしまうほどだった」 ー原田さんご自身は、どういうタイプの俳優だと思われていますか。 (原田大二郎さん) 「自分には何もないと思うこともある。ただ、1970年に初主演した映画『裸の十九才』は、いま見返しても、当時の自分の演技は越えられないと思う」 「そのオーディションで僕が合格して、西田敏行が落ちた。西田は『どんな奴が合格したんだ』と見に来たら、僕だったと言っていた。生まれ持った才能かといえば、そうかもしれないね」 ■「普通じゃない」ことが幸せなんじゃないだろうか 原田大二郎さんは、RSK山陽放送が制作し、筆者が出演した映画「新居浜ひかり物語 青いライオン」にも思いを寄せてくれました。 ー映画は、画家・石村嘉成さんが幼いころ自閉症と診断され、母・有希子さんと懸命に療育の日々を歩み、才能を開花させるまでをドラマとドキュメンタリーで描いています。 (原田大二郎さん) 「僕の子どもも学習障害を持っています。時間やおカネの勘定が苦手なんです。でも彼は一生懸命生きています。そして、愛情にあふれた周りの人のおかげで幸せそうです。『普通の子として育てたい』と、思って育てました。でも、そういう子は、きっと『普通じゃない』ことが幸せなんじゃないだろうか。映画を見ながら、そんなことを考えました」 ーこの映画は、自閉症の当事者やご家族がご覧になっても違和感を感じない描き方をしたいという思いで、監督もカメラマンも筆者をはじめとする出演者も、とにかくチーム全員が悩みながら制作しました。 (原田大二郎さん) 「悩むということはいいことですよ。悩まなかった作品は、何ひとつ記憶に残っていないですから。批判するのは簡単。だけど、ゼロから生み出すのは本当に大変な作業なんだよね。だから、敬意を表したいと思います」 長年、映画や舞台、テレビで大活躍してきた俳優・原田大二郎さんは、穏やかにそう言って、労ってくれました。
RSK山陽放送