韓国の作家・朴景利の『土地』を手に、日本の読者30人がアリランを歌った
10年かけ20巻全巻を日本語に完訳 出版社、読者らが統営で訳書を献呈、記念会
「先生、2014年に『土地』の日本語版(版権)の協議を終えてから、先生のお墓参りをしましたよね。あの時から完訳するのにちょうど10年かかりました。… 日本の30人の『土地』ファンが今日一緒に来ています。日本にはこんな方たちがたくさんいるんですよ。その方たちとは喜び、感動を分かち合う良い仲だと申し上げたかったんです」 慶尚南道統営市山陽邑(トンヨンシ・サニャンウプ)の朴景利(パク・キョンニ)記念館内にある朴景利の墓の前で、日本の出版社「クオン」の金承福(キム・スンボク)代表(55)が語りかけた。大河小説『土地』の日本語版を手にした日本人たちが墓を囲んでいた。前日に降った雨がやみ、日差しが温かな19日の午後2時ごろだった。 作家の朴景利(1926~2008)の『土地』日本語版が、翻訳開始から10年を経て完訳、刊行された。国外では初だ。韓国文学専門出版社クオンと翻訳家、日本の読者ら32人が故人を訪ね、20巻の完全版『土地』を献呈した。今年は『土地』が国内で刊行されて30周年に当たる年で、韓国のノーベル文学賞受賞元年でもある。 金代表は「高校生の時に初めて読み、新しい話が本として出るのを待ちながら『土地』を読んだ。その高校生が成長して日本で韓国文化と韓国文学を広め、出版する仕事をしている」と思いを語った。千葉市から来た梶田暁さん(80)は、「19巻まで読んだ。前の本は2~3回は読んだ。朴景利先生から人生を学んだ」と述べ、「セタリョン」を歌った。彼らは朴景利が統営の海を眺めたという場所で、全員で記念写真を撮った。『土地』、『海』、『朴景利』と叫ぶ度に沸き起こる笑い声が、吹いてくる海風に乗って運ばれていった。 本の献呈式を終え、午後4時から統営市内のホテルで行われた出版記念会には150人が集った。小説家の姜石景(カン・ソッキョン)さん、孔枝泳(コン・ジヨン)さんらも参加した。 『土地』全20巻中11巻を翻訳した吉川凪さんは、「金社長が最初に翻訳を要請してきた2014年当時は、韓国文学は売れないというのが日本の出版界の常識だった」とし、「弱小出版社が資金を調達できるのか、いやそれ以前に版権が取れるのかもわからない状態で、あるのは社長の情熱だけだった」と語った。そして「私は翻訳依頼を断ったつもりだったが、(金社長は)遠回な日本語の表現が理解できなかったのかもしれない。あまりにしつこいので承諾してしまった」と語り、一同を笑わせた。 当時は嫌韓感情も高まっていた時期だった。クオンは版権協議の翌年の2015年、ついに翻訳という大仕事に着手。共同翻訳が嫌いで、それまではやったことがなかったという吉川さんは、「やっている途中で病気になったり死んだりするかも知れないので、共同翻訳をすることになった」と言って、共同翻訳家の清水知佐子さんと笑い合った。韓国の大学院で近代文学を専攻し、崔仁勲(チェ・インフン)や李清俊(イ・チョンジュン)の作品などに加え、日本国内でたった1冊の金恵順(キム・ヘスン)の詩集を紹介した文学博士の吉川さん、大学で韓国語を専攻し、読売新聞の記者から翻訳家に転じた清水さんの翻訳チームは、こうして結成された。二人は700人にのぼる『土地』のキャラクターの人名、言葉づかい、全国八道の地名、近現代の韓国の物産に対する理解などを調整していき、今日に至った。 とりわけ「19世紀末の朝鮮の農村の情報が少なく」、「第1巻(を翻訳するの)は死ぬほど大変だった」と語る吉川さんは、「日本語版の読者の中には、『次の巻はいつ出るんですか。私の生きているうちに全巻刊行してください』と切実に頼む熱心な方がいらっしゃった」として、「ようやく完結したが、その方は生きていらっしゃるだろうか、元気で、20巻まで読んでいただけることを願う」と話した。翻訳中に「何度も泣いた」と語る清水さんは、「なぜこんなに難しいことに挑戦しようとしたのかと後悔したこともあったし、作品世界に没頭してランナーズハイのような気分を味わったこともあった。翻訳している間に9歳年を取ったが、最後まで走り切った自分を褒めてあげたい」と話した。 慶尚南道河東郡平沙里(ハドングン・ピョンサリ)の没落した大地主の家を再建しようとする女性チェ・ソヒを主人公に、『土地』は19世紀末から解放までの半世紀の韓国史を貫く。1969年から1994年までの25年間に朴景利が積み上げた4万枚あまりの原稿は、東学農民運動から日清戦争、満州事変、日中戦争、南京虐殺など、半島をとりまく事件の中の民衆史として激動する。今月15日に全20巻を読み終えたという日本の読者、山岡幹郎さん(74)は、「1945年8月15日で小説を終えることで、その意味を日本社会に問いかけている」として、「日本の読者は責任を持ってその問いに答える義務がある」と語った。8年前に第1巻を読み、今回の訪韓直前に第20巻を読み終えたという大塚慶子さん(54)も「小説の多くの登場人物が人生の尊さ、忘れてはならない韓日の歴史について教えてくれる」とし、「私の座右の書にして繰り返し読むつもり」だと語った。 2007年の設立以来、日本に韓国文学を紹介してきたクオンの役割は、少なからず注目されてきた。同社が初めて日本に紹介した作品こそ、2011年のハン・ガンの『菜食主義者』だ。以降も『少年が来る』など3作品を紹介してきた。この日のノーベル文学賞も話題になったのは言うまでもない。統営だけでも3回以上は訪れているという神谷丹路博士(66、早稲田大学講師、韓日関係史)はハンギョレに、「『少年が来る』と『すべての、白いものたちの』(河出書房新社)を読んだ。ノーベル賞を受賞するならハン・ガンだと思っていたが、こんなに早く取るとは思わなかったから本当に驚いた」と話した。吉川さんは毎日新聞の依頼で、詩人の金恵順の受賞に備えて自宅でインタビューされるのを待っていたという。 今や『土地』もハン・ガン作品も、日本の読者はどの国よりも完全な状態で接することができる。クオンのおかげだ。この日の完訳記念会の最後に、聴衆は共に「アリラン」を歌った。 統営/イム・インテク記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )