レジ打ち15年、最近時給が上がった。うれしいけれど選挙公約に並ぶ「最賃1500円」は手放しで喜べない…「年収の壁」がある限り
27日投開票の衆院選は、与野党の多くが最低賃金「時給1500円」を公約に掲げる。長引く物価高に対し賃上げを含む処遇改善は急務だが、県内の経営者側からは悲鳴が漏れる。労働者側は歓迎しつつも、社会保険料負担を避けるため労働時間を抑える「年収の壁」を意識し手放しでは喜べない。魅力的に映る数字にかすみがちな、社会保障制度の改革や企業支援策の拡充などを求める。 時給アップ→パート不足に拍車「なぜ」…立ちはだかる「年収の壁」、代打勤務のしわ寄せも
手際よく商品をスキャンし、流れるようにかごに移す“職人芸”を見せるのは、鹿児島市の50代女性。パート従業員としてスーパーのレジ打ちを約15年間担当する。今月5日、県内の最賃は897円から56円アップし953円になった。自身の時給は職能給も加算され少し高いが、最賃につられて上がる予定だ。「素直にうれしい」と笑う。 ここ最近は商品をスキャンするたび、物価高を実感することが増えた。「ピーマンが1袋400円近くで表示されて、お客さんより驚いてしまった」とおどけてみせるが、日々の暮らしは決して楽ではない。 月120時間ほど働き、約15万5000円。そこから所得税や社会保険料、積み立て分を差し引き、残り8万円程度で一人暮らしする。少しでも安い商品を探そうとチラシを見比べ、家庭菜園で食費も浮かすが、老後への不安は尽きない。 女性は最賃1500円の訴えにも過度な期待はしていない。「少しでも賃金が上がれば備えの足しにはなる」。それより気になるのは、最賃アップに伴い変化しかねない職場環境だ。
配偶者に扶養されるパート従業員らの中には、一定額の年収を超えると所得税や社会保険料の支払い義務が生じる人がいる。一定額を超えないよう就労を抑制する「年収の壁」は、共働き世代が主流となり最賃が上がる中、存在感を増している。 同じスーパーで働く60代のパート女性は、月給8万8000円を超えないよう調整する。息子夫婦と暮らすものの、年収が106万円を超えると社会保険料を支払う必要がある。「もし最賃が上がっても今の水準を保ちたい。でも同僚に仕事を押しつけるようで」と申し訳なさそうに話す。 賃金が上がれば上がるほど、働く時間はどんどん短くなる。悩みを抱えるのは経営者側も一緒だ。少子化による働き手不足は全国共通で、県経営者協会の浜上剛一郎専務理事は「働き控えで、かえって労働力不足が加速しないか」と不安視する。 そもそも最賃1500円は、中小や零細企業にとって「あまりに大きい」。今の953円でも、支払い能力を超えている企業があると聞く。経営がぐらつけば同時に労働者の生活も不安定となり「企業への具体的な支援にも目を向けてほしい」と切望する。
「賃上げは当然歓迎」と話す連合鹿児島の海蔵伸一事務局長も、年収の壁に複雑な表情を浮かべる。「賃上げと社会保障制度改革をセットで考えるべきだ。結局の所、手取りが増えなければ意味がない」
南日本新聞 | 鹿児島