働くことに潜む「呪い」(4) 高収入=いい仕事? エライ人?
「収入が高い人は偉い」という呪いから自由になるには?
この呪いから自由になるにはどうすればよいのでしょうか。まだ私も答えをもってはいません。 ただ、直前で指摘したように、この呪いが現在の社会の仕組みと強く結びついているのだとすれば、私たち一人一人が個人の力で自分の価値観を変えようとするのは、とても厳しい戦いになることが予想されます。相手は自分のなかにある偏見だけではないからです。 ですが、私たちにはチーム戦という可能性が残されています。自分一人で呪いのなかで苦しむのでもなく、あるいは呪いに気づき抜け出そうとするけれど偏見を捨てきれない自分を責めるのでもない。同じように呪いに苦しむ人同士で、それぞれのエピソードを共有し、話し合うことができるはずです。 まとめましょう。 仕事やお金が私たちの評価と結びつくということ自体は、社会の仕組みからして容易になくならないでしょう。そして働くことによって得られるお金が、あるいはそれによって得られる承認が、私たちの幸せと密接に結びついていることも事実です。 しかし、働くことの目的がお金となり、収入の多い少ないだけで自分や他人を評価してしまうという考えは、「仕事を通して幸せになる」という本来シンプルなことをとても難しくさせてしまう「呪い」になりうるのです。さらにやっかいなのは「呪い」に気づいても、すぐにその「呪い」から自由になれるわけではないことです。 ですが、一人ではなく、みんなで時折立ち止まって、「どんなときに私たちは仕事とお金とその人の評価を結び付けているのだろうか」と勇気を出して語り合ってみることはできます。呪いから自由になるための第一歩としてみるのはいかがでしょうか。 ■小川 泰治 宇部工業高等専門学校一般科(文系)講師。NPO法人こども哲学・おとな哲学アーダコーダ理事。専門は哲学・倫理学。特に、「哲学対話」「子どもの哲学」と呼ばれる実践を、学校の教室や地域で重ねている。分担執筆に『こころのナゾとき 小学1・2年/ 小学3・4年/ 小学5・6年』(成美堂出版、2016年)など。子どもの哲学についての論文に『「子どもの哲学」における対等な尊重』(『フィロソフィア』、2017年)、『「子どもの哲学」における知的安全性と真理の探究 ― 何を言ってもよい場はいかにして可能か』(『現代生命哲学研究』、2017年)がある。