[新政権の宿題]森トラスト伊達社長「建築・交通の規制緩和で観光立国へ」
政府はこれまで「観光立国」実現のために、2030年の訪日客数を6000万人、消費額を15兆円に伸ばす目標を掲げてきた。24年3月以降、訪日客数は1990年以降の同月最多を毎月更新している。だが、高級業態を中心に33カ所のホテルを運営し、21カ所の開発を進める森トラストの伊達美和子社長は、改めて訪日客数の「内訳」に注目すべきだと説く。 【関連画像】訪日外国人の旅行消費額も1人当たりの旅行支出もコロナ禍前の水準に 岸田文雄前首相は7月、24年の訪日客数は過去最高の3500万人に達し、訪日客による消費額も8兆円が視野に入る勢いだと発言しました。どう受け止められましたか。 伊達美和子・森トラスト社長(以下、伊達氏):全くその通りの状況になっていると実感しています。24年3月以降、訪日客数は月に300万人前後で、1990年以降の同月最多を毎月更新している状況ですし、空路も国内空港への国際線の便数は、24年夏期(3月末~10月下旬)には新型コロナウイルス禍前の90%以上に戻る見込みです。 訪日客の個人支出の単価も上がっています。1人当たり旅行支出は、24年の1~3月期、4~6月期がそれぞれ20万円を超えていて、コロナ禍前の19年の同期(15万円前後)よりも上がっているんですね。19年まではどちらかというと特に中国からの訪日客が消費をけん引していましたがコロナ禍で客数が減りました。一方で、消費単価が高く、滞在期間も比較的長い北米からの観光客が増えました。 今後、1人当たり旅行支出が23万円くらいの高い水準で続き(24年4~6月の2次速報値は23万9000円)、年間の訪日客数が3500万人~3600万人になるとしたら、24年の訪日客による消費額が8兆円に達することもあり得ると思います。 為替によってインバウンド(訪日外国人)需要に多少の揺らぎはあっても、年内に大きく崩れることはないと見ています。ただ、11月に行われる米大統領選挙の影響で、下半期のインバウンド需要が若干弱まる可能性はあり、気にしています。国民心理として、選挙戦に関連する様々なイベントがあり、大きな政策変更もあり得る中で、時間も費用もかかる国外への旅行の優先度が低くなることが考えられます。 国は30年目標(訪日客数6000万人、消費額15兆円)を掲げていますが、観光産業への向き合い方をどう見ていますか。 伊達氏:観光産業は勝手に成長すると思われている節があるように思います。というのも、ここしばらくの観光産業は、自然発生的な要因に助けられてきました。 13年に東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国に対するビザを緩和したことで、アジアからの訪日客数が増え、さらに近年、日本を含め世界的にホテルの客室単価が上昇しており、1人当たりの旅行支出は19年の約16万円から、23年には約21万円となりました。 ただ、これまでと同様に自然発生的な要因で、30年までに自然と目標達成できるかというと、そうはいかないでしょう。富士山の登山で例えると今は6、7合目。同じ服装、同じ感覚で進むことができないのと似ています。新政権が方法論を改めて示すべきでしょう。 ●安すぎる美術館の入場料 そもそも、消費額15兆円にたどり着くには、現状より1人当たりの旅行支出を3万円ほど増やして25万円にする必要があり、個人の旅行支出を増やす工夫が求められます。例えば、日本はインバウンドによる消費額のうち「娯楽等サービス費」が占める割合が小さい(23年は約5%)。ラグジュアリートラベルを観光戦略とするタイなどと比べて大幅に低い水準です。美術館の入場料ひとつをとっても国際基準より非常に安いので、金額を変えていかなくてはならないと思います。 新政権には目標を改めて明示したうえで、どの層をどのくらい呼び込むのか、目標設定を明確にしてから戦略に落とし込んでもらいたい。それによってやることは変わってきます。消費単価を上げるには富裕層は不可欠ですが、絶対数が少ないので富裕層だけ狙うというわけにはいかないでしょう。