人間たちの“生”への希求を描き出す4篇の物語 『デカローグ』最終章が上演中
情けなく、かっこ悪く、そして愛おしい男たち
そして十篇の連作のフィナーレを飾る「プログラムE」(『デカローグ9』『デカローグ10』)の二篇は小川絵梨子が演出を担当する。 『デカローグ9 ある孤独に関する物語』は十戒のひとつ「隣人の妻を欲すなかれ」をモチーフにしており、そこで描かれるのは「不倫」、「夫婦間における“性”の在り方」という現代の日本において最も世間をにぎわせるテーマともいえる事象である。 外科医のロマン(伊達暁)は友人の医師から性的不能であると診断され、治療の見込みはない、若い妻のハンカ(万里紗)とは別れるべきだと諭される。ハンカはロマンに「セックスだけが愛じゃない」と別れる気がないことを伝えるが、実はハンカには既に大学生のマリウシュ(宮崎秋人)という若い愛人がいた……。 こちらのエピソードで際立つのが、生きることにもがき、苦しむ男たちの滑稽で情けない姿。伊達が演じるロマンは、妻の言葉に安堵しつつも疑心暗鬼で浮気を疑い、それでも直接彼女を問い詰めることもできず、彼女にかかってくる電話を盗聴し、浮気現場に張り込み耳をそばだて、嫉妬と悔しさにむせび泣く。一方、ハンカの浮気相手のマリウシュはキラキラした瞳で、ただひたすらにハンカを愛する、カワイイ大学生。フラれてもめげない一途な若者を宮崎秋人が好演! いずれの男も情けなく、かっこ悪く、そして愛おしい。そんな滑稽ささえも、人生の一部であり、生きていればこそ――『デカローグ8』とはまた違う形で人生讃歌、生きることのおかしみを教えてくれる作品となっている。万里紗も、嘘偽りなく理性でロマンを愛し、そして肉体でマリウシュを求める妻のハンカの孤独を見事に体現。性別や年齢、置かれた立場によって見え方の違いが楽しめる作品と言える。 そして、大トリを務めるのが『デカローグ10 ある希望に関する物語』。物語は主人公のひとりであるアルトゥル(竪山隼太)がボーカルを務めるパンクバンドのライブで、メロディそっちのけで「殺せ! 殺せ!」と十戒の教えとは正反対の言葉をシャウトするシーンで幕を開ける。 ライブ会場に足を運び、久々にアルトゥルと再会したのは兄のイェジ(石母田史朗)。イェジは疎遠だった父の死を伝えるが後日、父の部屋を訪れたふたりは、父が著名な切手収集家であり、遺された数々の切手が莫大な価値を持っていることを知る。 ここまでの9作とは打って変わって、本作は欲の皮の突っ張った男たちが入り乱れてのコンゲームの様相を呈する。アルトゥルとイェジは、さながらデコボコの探偵コンビといったところ。見た目は全く似てないふたりだが、兄弟と言われると妙に納得してしまう空気をまとっており、「お父様の友人」を名乗る怪しげな男たちから大事な切手を守り、一獲千金を実現すべく奮闘する。 本来、手紙を送るために存在し、表に書かれた数字の価値しか持たないはずの切手に執着し、翻弄される人間たちの欲深さを軽妙に描きつつ、やはりこうした愚かさもまた人間の持つ一面であると教えてくれる。 ちなみに、各エピソードで登場人物たちが人生の岐路に立ったタイミングで姿を現す、亀田佳明が演じる謎の“男”は当然、この『デカローグ7~10』でも登場する。シチュエーションや出で立ちも気になるところだが、あるエピソードでは原作のTVシリーズにもない驚きの行動を見せるシーンも……。 愚かで、時に欲望に負け、過ちを犯す人間たちの“生”への希求を描き出す4篇の物語を堪能してほしい。 『デカローグ 7~10』の公演は、東京・新国立劇場 小劇場にて7月15日(月・祝)まで。 文:黒豆直樹 撮影:宮川舞子 <公演情報> 『デカローグ7~10(プログラムD&E 交互上演)』 原作:クシシュトフ・キェシロフスキ/クシシュトフ・ピェシェヴィチ 翻訳:久山宏一 上演台本:須貝英 演出:小川絵梨子/上村聡史 【プログラム D】 デカローグ7「ある告白に関する物語」 出演:吉田美月喜 章平 津田真澄 大滝寛 田中穂先 堀元宗一朗 笹野美由紀 伊海実紗 安田世理・三井絢月(交互出演) 亀田佳明 デカローグ8「ある過去に関する物語」 出演:高田聖子 岡本玲 大滝寛 田中穂先 章平 堀元宗一朗 笹野美由紀 伊海実紗 亀田佳明 【プログラム E】 デカローグ9「ある孤独に関する物語」 出演:伊達暁 万里紗 宮崎秋人 笠井日向 鈴木将一朗 松本亮 石母田史朗 亀田佳明 デカローグ10「ある希望に関する物語」 出演:竪山隼太 石母田史朗 鈴木将一朗 松本亮 伊達暁 宮崎秋人 笠井日向 万里紗 亀田佳明 2024年6月22日(土)~7月15日(月・祝) 会場:東京・新国立劇場 小劇場