JFLソニー仙台がラストマッチ飾れず56年の歴史に幕…MF秋元佑太「魂は皆さんの胸にも刻まれていると思う」
◆サッカー◇JFL最終節 栃木シティ3-0ソニー仙台(24日・みやぎ生協めぐみ野サッカー場B) 日本フットボールリーグ(JFL)に退会届を提出し、今季限りでの活動終了を発表しているソニー仙台がリーグ戦優勝&J3昇格を決めている栃木シティとラストマッチを戦い、0―3で敗れた。0―1の後半には勝利を目指し、ゴールに迫ったが得点を奪えなかった。駆けつけた1695人のサポーターが見守るなか、1968年のクラブ発足から半世紀に及ぶ歴史に幕を下ろした。 ソニー仙台は優勝チーム相手に0―3と完敗。黒星で56年の歴史にピリオドを打ったが、試合後には全力を尽くした選手たちに温かい拍手と声援が送られた。1997年から3年間コーチとして、2022年からは指揮官としてチームの歴史とともに歩んできた鈴木淳監督(63)は「私だけではなく、選手、スタッフ、社員や地域の方々も(活動終了は)非常に残念に思っていると思う。来年を迎えられたらもっと楽しみなチームになったのかな」と名残惜しげに語った。 試合開始とともに果敢に攻め込んだ。前半2分には左サイドを起点に前進。フリーキックなどからもゴール目前まで迫った。しかし、同10分以降は主導権を握られると20分にショートカウンターから失点。後半には何度も決定機をつくったが、決定力の差を見せつけられた。「我々のやってきたゲームをやれることはやった。結果的に力の差があったかな」と指揮官は振り返った。 JFL在籍27年。同リーグではJリーグ参入を目指すチームの前に立ちはだかる“門番”として、地域のみならずサッカーファンに認知され、愛されてきた。11年の東日本大震災を乗り越え、15年にはJFLで悲願の初優勝。15年に入団し、ソニー仙台一筋でこの日までやってきたMF秋元佑太(32)は「ソニー仙台FCではやりきったと思ってます。感慨深いところはありますけど、いろんな人に感謝の気持ちでいっぱいです」。 クラブは解散するが、残された選手たちは他チームへの移籍や、引退して社員として変わらずに働いていくなど、それぞれの道を歩んでいく。「ソニー仙台FC魂は皆さんの胸にも刻まれていると思う。これからも忘れずに思っていてもらいたい」と秋元。56年ものクラブの歴史を胸に、新たな人生をスタートさせる。(山崎 賢人) ◆ソニー仙台 1968年にソニー株式会社仙台テクノロジーセンターのサッカー同好会として発足し、宮城県リーグなどを主戦場とした。93年から本格的に強化を始め、翌94年に県リーグで優勝し東北リーグに昇格。97年には全国地域リーグ決勝大会で優勝し、旧JFL(ジャパンフットボールリーグ)に昇格。以降はJリーグを目指さない地域密着型の実業団クラブとしてJFL(日本フットボールリーグ)で戦い続ける。2011年には東日本大震災で同社やその周辺が津波で壊滅的被害を受け、リーグ戦後期から参加。15年にはJFLで初優勝を飾るなど、Jリーグ参入を目指すクラブの門番的な立ち位置として長年活躍してきた。
報知新聞社