松本潤×長澤まさみ×永山瑛太の豪華共演、大阪で舞台「正三角関係」が開幕
松本潤、長澤まさみ、永山瑛太らが出演するNODA・MAP『正三角関係』の大阪公演が、9月19日から「SkyシアターMBS」(大阪市北区)で開幕した。日本演劇界のトップに立ち続ける作・演出の野田秀樹が、この時代に投げかける衝撃的な世界に、大阪の観客たちも息を呑んだ。(取材・文/吉永美和子) 【写真】劇中写真より、松本潤×長澤まさみ ■ 「演劇の特性を生かした演出」に脱帽 本作は、ドストエフスキーの長編小説『カラマーゾフの兄弟』をモチーフに、横暴な父・兵頭(竹中直人)に育てられた「唐松族」の兄弟・・・長男・富太郎(松本)、次男・威蕃(永山)、三男・在良(長澤)の運命を描く群像劇。開演時刻からまもなく、明るい舞台上に人がわらわらと現れ、簡単なセットを運んできたかと思うと、いつの間にかそこはまぎれもない法廷に。このオープニングから、観客は野田のイリュージョンに巻き込まれることになる。 被告人は、兵頭を殺した罪に問われた野性的な花火職人・富太郎。教会で働く心優しい在良と、無神論者の学者・威蕃は、兄の無罪を主張する。兵頭の下男・呉剛力(小松和重)、富太郎の婚約者・莉奈(村岡希美)、ロシア高官の夫人・ウワサスキー(池谷のぶえ)などが証言台に立ち、事件の真相を探っていくなか、富太郎と兵頭が取り合ったグルーシェニカ(長澤/2役)が、重要な証人として登場する・・・。 野田作品の第一の魅力は「観客が想像力を使ってはじめて作品が完成する」という、演劇の特性をとことん生かした演出だ。今回キーアイテムとなったのが、養生テープ&巨大な薄布。テープが舞台の空間に張られるだけで、観客はそこに教会やリングや研究室を想像し、薄布がひるがえるたびに、さっきとはまったく別の世界がそこに現れたことを、瞬時に理解する。想像力をフル回転させる楽しさで、今作も刺激されまくりだ。 ■ 必見の登場シーン、点と点がつながる瞬間 そして言うまでもなく、観客の想像力を補強し、実は複雑な構造の物語を巧みにナビゲートするのが、まさに「正三角形」ともいうべき関係をなしている松本・長澤・永山の3人。松本は『どうする家康』の気弱な徳川家康とはまったく異なる危険な空気をまといつつ、花火職人としての強いプライドで、物語の屋台骨をガッツリ支える。永山は、実は事件の核心をつく重要な人物として、難解な科学用語を操りながら、松本を巧みにあおっていく。 そして長澤は、純粋な少年・在良と、妖艶な女豹・グルーシェニカという、極端なキャラを見事に演じ分けて、観客をまどわせる。とりわけグルーシェニカの登場シーンは、本当にマジックを見せられたようで、目を丸くした観客がさぞ多かったはずだ。そして尊属殺人の裁判を描くかと思われた世界に、ある歴史的な事件を匂わせる要素が少しずつ浮上。この点と点がつながった瞬間、あまりにも痛ましい光景が、私たちの目の前に広がる・・・。 近年の野田は、日本人がつい忘れかけているけれど、決して忘れてはならない事実を突きつけるような舞台に挑みつづけている。今回もまた「やはりこれは繰りかえしてはならないことなのだ」ということを、しっかりと胸に刻み込まれたような思いだった。今必見の舞台だと間違いなく言える。 さらに『カラマーゾフの兄弟』を読んでいると、モチーフの使い方のユニークさで、舞台が何倍も楽しくなるはず。時間が許すなら、少しでも読んでおくことをオススメする(4分の1ぐらいまで読んで挫折した私が言うのもなんですが)。 大阪公演は10月10日まで。前売チケットは完売しているが、全公演で当日券の抽選販売(S席1万2000円)を実施している。申込方法などは、公式サイトでご確認を。 ■ 日本3都市を巡り…ロンドン公演へ(11月2日更新、ネタバレ有り) 松本潤、長澤まさみ、永山瑛太が3兄弟役を演じて大きな話題となった、NODA・MAPの演劇公演『正三角関係』。10月10日の大阪公演で、国内の大千秋楽を迎えたが、10月31日~11月2日に、演劇の本場・ロンドンでも上演された。世界配信も決定したこの作品を、ロンドン公演の舞台写真を交えながら、ネタバレを気にせずに振りかえってみたい。 日本を代表する劇作家・演出家の1人、野田秀樹の1年ぶりの新作となった本作。ロシアの文豪・ドストエフスキーの大長編小説『カラマーゾフの兄弟』を、日本の花火師・唐松兵頭(竹中直人)とその息子たちの愛憎劇に換骨奪胎した作品だ。松本は職人肌の花火職人の長男・富太郎、永山は優秀な物理学者の次男・威蕃(いわん)、長澤は心優しい聖職者見習いの三男・在良(ありよし)を演じた。 実際に舞台を観た誰もが語りたくてたまらなかったのが、『カラマーゾフの兄弟』の世界を第二次世界大戦中の日本と重ね合わせた、その意図だろう。魔性の女・グルーシェニカ(長澤の妖艶な2役に撃沈した人は多かったはず)を取り合い、三角関係となった父を殺した罪で裁判にかけられた富太郎。実はグルーシェニカが「火薬」の隠語ではないか? という説が出た辺りから、話は花火大会のあとの大気よりもきな臭くなってくる。 富太郎が花火職人の知識を活かし、威蕃にアドバイスをした兵器は、核融合を用いた新型の爆弾であることが判明。そして裁判の証人だったロシア高官の夫人・ウワサスキー(池谷のぶえ)から、ロシア(ソ連)が日本に攻め入るという情報がもたらされる。ソ連の軍事侵攻が開始されたのも、長崎に原子爆弾が落とされたのも、どちらも1945年8月9日。野田が今回ロシアの小説をモチーフにしたのは、すべてこの「運命の8月9日」の因縁を高めるための仕掛けだったと、ここに来て気付かされた。 そして3兄弟の故郷・長崎の空で、原爆が炸裂。その投下地点には「浦上天主堂」があり、在良がそこで亡くなっているのを、難を逃れた富太郎が発見する。原爆は同じ神を信仰する善人をも、容赦なく巻き込んだという不条理感も、原作の主役・アリョーシャを重ねた在良の存在によって、より深く胸に染み込んできた。野田は長崎出身ということもあり、過去にも長崎の原爆をしばしばモチーフにしてきたが、現実にロシアが戦争を起こしている今、この惨禍を改めて世界に思い出させ、知らしめねばならないという気迫が、いっそう強く伝わってくる。 そして野田作品の主人公は、ここで起こった悲劇の証人となり、未来に希望を託しながらバトンを渡すという役割を担うことが多い。この物語もまた、人々が一斉に空を見上げるとき、そこで炸裂するのが爆弾ではなく、美しい大輪の花火であることを祈る松本の言葉で締めくくられる。野田に託された思いを客席に、そして劇場の外にある世界に向けて切実に訴えかける凛とした姿は、まさに本作の座長にふさわしいものだった。 ロンドン公演はわずか3日間だったが、この物語のメッセージをイギリスの観客たちがしっかりと受け止め、世界に広く伝えてくれることを祈らずにはいられない。 そして残念ながら劇場では観られなかったという人も、あるいは舞台の感動をもう一度噛みしめたいという人も、ぜひ配信で観てみよう。配信されるのは東京公演収録映像で、英語・中国語(繁体中文)の字幕に対応。配信期間は12月2日・昼12時~2025年1月14日・夜11時59分。料金は3300円で、11月25日から発売開始。 文/吉永美和子