人の顔を認識できない「相貌失認」は意外に多い? 最大20人に1人、自分で気づかない人も
後天性相貌失認
もともと顔を認識する能力が高かった人でも、脳の損傷、脳腫瘍、脳卒中、脳炎、アルツハイマー病などの神経変性疾患が引き金となって相貌失認になることがある。新型コロナウイルス感染症の後遺症で相貌失認になった症例も報告されている。 現在62歳のデイシア・リードさんは、人の顔がわからないことに長年悩まされてきたが、6年前に米ダートマス大学などの研究者が運営する相貌失認研究センターのオンラインアンケートに答えて、自分の症状に名前があることを初めて知った。 リードさんは、小学生のときに頭部を負傷したことでてんかんと記憶障害に悩まされるようになり、若い頃にてんかん発作を治療する脳の手術を受けた。手術後、てんかん発作は改善されたが(薬物療法は続けている)、相貌失認が激しくなってしまった。 「顔は覚えられます。ただ、誰の顔かがわからないのです」とリードさんは言う。「髪型が変わってしまうと、もうだめです。誰だか全然わかりません」 リードさんのように適切な診断を受けることは、非常に良いことだ。デグティス氏は、「自分は相貌失認なのだと知ることで、重荷から解放され、人生がずっと意義深いものになるのです」と指摘する。 フィリー氏は、「パーティーに行って、知っている人がいるにもかかわらず、その人が誰だかわからないというのは、ばつが悪いものです」と言う。「相貌失認の人は、失礼でも、人嫌いでも、変わり者でもありません。脳に問題があって、知っている人の顔を認識できないだけなのです」 ベイト氏によると、相貌失認の人の中には、仕事に影響があると打ち明ける人もいるという。例えばビジネスの世界では、顧客の顔を認識できないと、顧客をつなぎとめるのに苦労することがある。教師なら、生徒の顔を認識できなかったり、顔を覚えられなかったりすると、教室の運営に支障をきたすことがある。
改善する方法はある?
近年、相貌失認の人の顔認識能力を改善するために、さまざまな介入が試みられている。 例えば、社会的な結びつきや行動を促す「オキシトシン」というホルモンを使う方法がある。発達性相貌失認の人にオキシトシンかプラセボ(偽薬)を経鼻スプレーで1回投与し、45分後に2つの顔認識テストを行った研究では、オキシトシンを投与された人では能力の一時的な向上が見られた。 発達性または後天性の相貌失認の人々が、顔を見分ける能力を高めるために設計されたコンピューター訓練プログラムを11週間受けたところ、少なくとも3カ月間は顔認識能力が向上したとする研究もある。 顔に集中したり、顔の違いを見分けたりする能力を向上させるオンライン訓練プログラムもある。このような練習を定期的に行うと、相貌失認の人の顔認識能力が改善する可能性がある。 「練習すると、よく認識できるようになる人が多いのです」とバートン氏は言う。「相貌失認が治るわけではありませんが、顔の認識が30%くらいは楽になります」 このような改善が、人の顔を思い出したり覚えたりしやすくなることにもつながるかどうかは、まだわからない。 相貌失認の人は、巧妙な戦略で障害を補っていることが多い。ベイト氏によると、彼らは、相手の結婚指輪や歩き方や話し方を覚えようとするという。教師なら、座席表を利用するという手もある。 社交の場では、相手についての手がかりを引き出すために、会話の中にうまく質問を織り交ぜて自分たちの関係を把握しようとしたり、パートナーや友人に会話の中でその人の名前を出してもらったりすることが助けになる、とベイト氏は言う。デグティス氏によると、誰にでも愛想よく接することで対処する人もいるという。 リードさんは、どうしてもわからないときには「あなたの名前をど忘れしてしまいました」と言うこともあるという。 場合によっては、自分には相貌失認があると相手に打ち明けることも助けになる、とバートン氏は言う。「相貌失認は恥ずかしいことではありません。私は患者さんたちに、『相貌失認にあなたのやりたいことの邪魔をさせないで』と言っています。相貌失認は問題ですが、問題を回避する方法はあるのです」
文=Stacey Colino/訳=三枝小夜子