「勝って騒がれているうちは二流だ」。日本が真のサッカー強豪国になるために、ROLANDが語る
ABEMAとKDDI(au)が共同で実施する「BLUE WINNER PROJECT」の一環として、日本サッカー応援番組『BLUE SHOUT! -本気で世界を、獲りにいく。-』が放送される。小中高とすべてをサッカーに捧げてきた実業家ROLANDさんに話を聞いた。【取材協力:ABEMA】
サッカーで得た一番の財産は悔しさ
「まさか日本人選手がアーセナルやリヴァプールでほぼレギュラーとしてプレーしているなんて考えられなかった」。中学生年代は柏レイソルS.S.青梅、高校生年代は名門・帝京高。小学生のころからサッカーに没頭し続けたROLANDさんは感慨深くそう語った。日本代表で一番印象に残っている瞬間は2002年のワールドカップ。「やっぱり日韓だな。小学校4年くらいで(GS第1戦)ベルギー戦をいまも覚えています。ウィルモッツのオーバーヘッド(先制点)…忘れられないな。代表選手たちは雲の上の存在でしたけど、『いつかああなりたい』って強く憧れを抱いたのは、あのゲームが一番だった気がします」。 日韓大会から今年で22年が経つ。すべてをサッカーに注いできたからこそ、代表選手の凄みもわかる。プロには届かずホストという道を選んだその後の活躍は周知の通りだが、「ROLAND」の今は、サッカーの存在を抜きにして語れない。 「サッカーを諦めた自分がいて、でもテレビで自分と同じプラチナ世代(1992年生まれ)の選手たちが、カップ戦とかに出ているわけですよ。そういう姿を見たときの悔しさはもう…。スポットライトが当たらない人生って本当に惨めだと思って。それを原動力にサッカーとは違うステージでしたけど、頑張り続けられました」 「やめたいな、サボろうかなと思った時に、『いや、でもこのままサボったら一生スポットライトを浴びないで負けて終わる』と思えるのも、サッカーを一生懸命やって悔しさを味わえたからだと思います。財産として一番残ったのは、体力とかではなくて悔しさですね」