コーヒーで旅する日本/四国編|地元で身近に通えるコーヒー店を。「にちにち珈琲店」が、何もなかった町にもたらした小さな変化
全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。瀬戸内海を挟んで、4つの県が独自のカラーを競う四国は、県ごとの喫茶文化にも個性を発揮。気鋭のロースターやバリスタが、各地で新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな四国で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが推す店へと数珠つなぎで回を重ねていく。 【写真を見る】アクセントカラーの青と黄色が映える店内 四国編の第26回は、徳島県三好市の「にちにち珈琲店」。県内最高峰・剣山のお膝元、吉野川のほとりに開けたのどかな町に、5年前にオープン。学生時代からのコーヒー好きという、地元出身の店主・藤岡さんが抱いていた、「身近な場所にコーヒー店を」との一心が、創業の原点にある。それまで、コーヒー店はわざわざ行くところだったが、友人との何気ない会話をきっかけに一念発起。開店後は自家焙煎も始め、ロースターとしても日々腕を磨いている。以前は何もなかったという地元に小さな変化をもたらした藤岡さんが、念願の自店の屋号に込めた理想の店のあり方とは。 Profile|藤岡美江 (ふじおか・みえ) 1982(昭和57)年、徳島県生まれ。学生時代からコーヒーを愛飲し、就職してからも方々の店を訪ねるなかで、地元の町にも店があればとの思いから開業を志すように。その後、会社員から転身し、徳島市の自家焙煎コーヒー店・とよとみ珈琲に入り、喫茶や豆の販売、焙煎などを経験。2019年、三好市に「にちにち珈琲店」をオープン。1年後に焙煎機を導入し、ロースターとしても日々研鑽を重ねる。 ■地元にコーヒー店を。背中を押した友人の一言 徳島市街から、吉野川と並走しながら一路西へ。四国第2の高峰・剣山を仰ぐ頃には、徐々に両岸に山が迫り、木々の緑の密度もグッと濃さを増す。のどかな風景の中に、「にちにち珈琲店」の青い店構えはひときわ目を引く。吉野川の橋に通じる店の前の道は、「ここができるまでは、本当に何もない場所でした」と店主の藤岡さん。それでも、地元にコーヒー店をとの一心が、何もなかった道沿いに小さな変化をもたらした。 学生時代からコーヒー好き。長じて家でもハンドドリップで淹れるようになり、市外で勤めるようになってからは、方々の店を巡る楽しみも広がった。ただ、唯一の悩みは、地元の近所に立ち寄れる場がなかったこと。「その時は、コーヒー店はわざわざ行くところで、身近にあったらいいなという思いは常々ありました。ある時、友人とそんな話をしていたら、“いっそ自分でやったらええんちゃう?”と言われて。何気ない会話でしたが、その一言がきっかけで、自分で店を作ることを考え始めたんです」 ここで話が終わらなかったのは、根っからのコーヒーラバーゆえだろう。思い立ったことを実際に行動に移した藤岡さん。開店を目指して、初めに起業サポートを受けられる店に転身したが方向性が合わず、再び徳島市内で自分が理想とする店を探し回るなかで、巡り合ったのが、とよとみ珈琲だった。「コーヒーがおいしいのはもちろん、店主・豊富さんのオープンマインドな人柄、ユニークなキャラクターになにより惹かれました。スタッフの醸し出す店の雰囲気も明るくて、ここならと思えました」と藤岡さん。そのまま飛び込みで働きたい意志を伝えたが、最初はスタッフの空きがなくあえなく断念。しかし、ほどなくして店から声がかかったことで入店が叶った。実はこの時、陰ながら助けてくれた存在があったとか。「登録していたハローワークの担当の方が、その後もとよとみ珈琲に連絡を続けてくださっていたのを後で知りました」と藤岡さん。とはいえ、間接的にも熱意が伝わったということ。思わぬうれしい知らせは、まっすぐな意志の強さが呼び寄せたものだろう。 ■ロースターとして試行錯誤を重ねる日々 本連載でも登場したとよとみ珈琲は、徳島のロースターの草分けとして地元の厚い支持を得る人気店。日々、店を訪れるお客の姿が絶えない。「私はお客として訪ねた時の印象しかなく、これほどの人気店とは知らなくて。実際に入ってみたら、思った以上の忙しさに驚きました」と振り返る。まだ仕事に慣れないうちは慌てることもあったが、そんな時に助けてくれたのが、当時スタッフだったクエイル珈琲の店主・井口さん。頼れる先輩の支えもあり、ホールやキッチン、豆やギフトの販売など、コーヒーの基礎と店の運営のイロハを学んだ。 独立志望で入った藤岡さんだが、当時抱いていた自店のイメージはあくまでカフェで、コーヒーはとよとみ珈琲から仕入れるつもりだった。自家焙煎は全く考えてなかったが、豊富さんから“店を長く続けるためにも焙煎をした方がいい”とすすめられたこともあり、開店半年前から焙煎のレクチャーも受けることに。井口さんやsumiyoshi4丁目 COFFEE STANDの石さんは、この時に一緒に経験を積んだ仲だ。2019年に「にちにち珈琲店」をオープンしたあとも、1年ほどは隔週でとよとみ珈琲に通って、自店の豆を焙煎していたが、コロナ禍で移動が制限されたこともあり、店の隣の倉庫に焙煎機を設置。ロースタリーカフェとして現在の形になった。 「焙煎はいまだに何が正解かわからないところもありますが、迷っても教えてもらったことからブレないように心がけています」と藤岡さん。豆の品揃えはブレンドとシングルオリジン6種に加えて、月替りでシングルやブレンドがスポットで登場。酸っぱくないのがいいというお客が多い土地柄、焙煎度は深めを主体に。基本は酸味を抑えるが、月替りの豆でフルーティーな浅煎りの風味を提案している。なかでも、ブラジル、グァテマラの中深煎りでまろやかな香味が魅力の好日ブレンドと、ブラジルとエチオピアの深煎りでワイニーな果実味、芳醇な香りの余韻が印象的な濃い目の日日ブレンドの二本柱が店の顔。「ブレンドの組合せを考えるのが好きで。まずは2種類から始めて、まだまだ試行錯誤することが多いですね」と藤岡さん。当初はランチやスイーツも置いていたが、コロナ禍を機にメニューも絞り、コーヒー主体にした、よりロースター色を打ち出した構成に。モーニングのトーストには、食パン専門店・plain bread 里、スイーツはmuguetのマフィンと、近隣の作り手から仕入れる素材にこだわったパン、焼菓子もコーヒーのお供として好評だ。 ■毎日オープンするのが楽しみになるような店に 周辺にはキャンプ場やスポーツ施設、名峰・剣山への登山道など自然を楽しむスポットが点在。週末には、おでかけやツーリングのライダーも多く訪れる。とはいえ普段はのんびりしたもので、モーニングのご近所さんや、差し入れを持ってくる農家さんと世間話に花が咲く。開店のきっかけをくれた件の友人は、開店以来、毎朝欠かさず通う一番の常連さんだ。藤岡さんと共に店を切り盛りする母の幸恵さんも「飲食店の経験はないけど、人と接するのが好きだから」と、明るく朗らかなキャラクターで、店を盛り立てる。 「顔なじみがほとんどで、お客さんもそこまでコーヒーに興味をもっておられるわけではないので、専門店的なこと、難しいことを強要するより、ちょっと飲んでみよかとコーヒーになじんでもらえればいいなと。それがしたいために店を始めたので」と藤岡さん。確かにスぺシャルティコーヒーのロースターではあるが、肩肘張ることはない。とはいえ、開店から5年経ったが、まだ理想の形にはなっていない。「楽しい日もありますが、心底よかったとはまだ思えていなくて。あれこれやるよりも一つひとつのことを集中して、時間はかかっても自分が楽しんで店をできるようにしたいですね。オープンした時点で、店が完成されているということはないですから」 店名の由来となった、日日是好日とは、毎日をよい日にしていく心がけをもとう、と説いた禅の言葉。たまたま見つけたそうだが、「毎朝、オープンするのが楽しみになるような、店にしていきたい」という心境を言い得て妙。そんな藤岡さんが淹れるコーヒーなら、味わうお客にも“好日”が訪れるはずだ。 ■藤岡さんレコメンドのコーヒーショップは「Nao Coffee」 次回、紹介するのは、愛媛県松前町の「Nao Coffee」。 「最近SNSで見つけて、訪ねてみたいと思ったお店です。店主の佐々木さんは、同じ女性で、一人でお店を始めたという経緯も同じで、“スペシャルティコーヒーの魅力を伝えたいけどアピールが苦手”という投稿を見て、自分と似たような空気を感じたのが惹かれた理由。私自身、おいしくできたと思っても、なかなか強くおすすめめできないところがあるので、一度、相談に乗ってもらいたいと思っています」(藤岡さん) 【にちにち珈琲店のコーヒーデータ】 ●焙煎機/フジ ローヤル ●抽出/ハンドドリップ(ハリオ)、エスプレッソマシン ●焙煎度合い/中~深煎り ●テイクアウト/ あり ●豆の販売/ブレンド2種、シングルオリジン 種、100グラム600円~ 取材・文/田中慶一 撮影/直江泰治 ※記事内の価格は特に記載がない場合は税込み表示です。商品・サービスによって軽減税率の対象となり、表示価格と異なる場合があります。
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