日本人のマスク着用率の高さは、意地悪な性格の裏返し?スパイト行動とは
スパイト行動は悪い面ばかりではない
例えば、誰かが一個しかないリンゴをかじったら、基本的には他の人はそれを食べることはできない。誰かが一枚しかないシャツを着れば、他の人は着られない。その逆で、誰もが平等に使えるような財のことを、経済学では公共財とよぶ。 1990年代に公共経済学の実験を行い、「スパイト行動」という言葉を有名にしたのが経済学者の西條辰義氏らだ。 西條氏は研究を進めていくうちに、スパイト行動が単に「損をしてでも自分だけが上に立ちたい」という側面があるだけではないことを発見する。スパイト行動によって、公共財供給に協力関係が発生したのだ。 「例えば、地区でお金を出し合って公共財をつくるとか、NHKの受信料なんかが典型例かもしれません。公共財の場合、フリーライド、つまり“ただ乗り”する人が生じてしまいます。フリーライドは防げるのか、防げないのかという実験を、アメリカ人と日本人を対象に行いました。その結果、面白い結果が出たんですよ」(西條氏) その実験では、プレーヤーたちがお金を出資して公共財をつくるゲームに取り組んでいくのだが、互いにどんな行動をとるかによって自分の損得が決まるというルールで、心理的な駆け引きの分析ができる。 その結果、日本人が際立って“スパイト行動”を多く行ったという。つまりは自分が損をしてでも相手をおとしめようとしていた。ユニークなのはその先だ。ゲームの進行とともに、次第にプレーヤーは協力的になっていったのだ。公共財構築に向けて一致団結したわけではない。協力せずに自分が出し抜き、フリーライダーとなってしまえば仕返しや批判を受けるリスクが高いため、その恐怖が大きくなって協力関係を結ぶというのが本当の要因だった。相手は自分の写し鏡、とはよく言ったもので、自分の意地悪が招く仕返しを勘ぐるあまり、期せずして皆が協力的になったのだ。 西條氏らは同様の実験を、韓国、中国、モンゴル人にも行ったが、西條氏は日本人のスパイト行動が飛び抜けて多かったと指摘する。 「結果だけ見れば、日本人は意地悪な人が多いというふうに見えます。でも、だからこそ、いざ公共財をつくるという場合、日本人は相手のフリーライドを許さない傾向にあります。公共財づくりに参加した人は、自分が一番得になるような努力をせずに、損をしてまで参加をしない人の足を引っ張ろうとする。出る杭は打たれる、という感じですね。これを経験してしまうと、誰もが参加せざるを得なくなる。日本の場合は、みんなが仲良く協力して公共財を築いている、というわけではなくて、『協力しないと後が怖いからする』。対して外国人は、自分は自分、相手は相手。日本人は自分たちが意地悪をすることがわかっているから、それが返ってくることを恐れて仕方なく協力をしている……というのが、私の見方です」 2020年の1回目の緊急事態宣言下を思い出してほしい。欧米のロックダウンのような強制力がない中、多くの人たちが「ステイホーム」を守った。 「私がこんなに我慢しているのに、勝手な行動を取るあいつが許せない」 みんなが「公衆衛生」という公共財のために「我慢」というコストを支払っているにもかかわらず、勝手な行動を取る「フリーライダー」を許せない――。そうしたスパイト的な考え方の典型例が“自粛警察”とも言えるだろう。振り返ってみれば、結果的に、感染者数が一時的に減少したのは皮肉な話だ。 またマスクだけでなくワクチン接種でも「スパイト」的な行動が見られたという。 「または、ワクチンの副反応で数日寝込んだ人が、未接種者に対して、『私がこんなに苦しんでいるのに、ワクチンを打たないなんて許せない』というふうに思う。これも一種のスパイト行動ですね。みんながそう思うから未接種者も、ワクチンを打たざるを得ない。したがって接種率は上がる。こういう構図です」(西條氏) 参加しないと足をすくわれる。だから参加してしまう。結果的に協力状態が生まれる……日本人のスパイト行動がもたらす思いがけない効果は、前出の碓井氏も指摘した通り、日本人の協調性の高さにつながっているのだろうか。同調圧力に弱い、と言い換えることができそうだが、いずれにしても面白い側面があるものだ。