「ソーラン節」をブラジル音楽調に! 「マシュ・ケ・ナダ」で知られる巨匠「セルジオ・メンデスさん」の“日本愛”
「ソーラン節」をブラジル音楽調に
84年のロス五輪向けに作った「オリンピア」が全日本プロレスの試合に使われるなど人気は続いた。メンデスさんの親日ぶりも変わらず、「ソーラン節」をブラジル音楽調にアレンジしたり、邦楽への関心も高い。2008年、世界のミュージシャンを迎えたアルバム「モーニング・イン・リオ」に日本からはドリームズ・カム・トゥルーを選んだ。 ラジオDJで音楽評論家の山本さゆりさんは言う。 「吉田美和さんの太く低めの伸びやかな声を選ぶとは、日本の曲をよく聴いていた証しです。ヒップホップのアーティストと共演したり好奇心は衰えなかった」 来日はコロナ禍で中断したが、22年に再開。新しいファンも増えていた。 9月5日、83歳で逝去。今年、コロナウイルスに感染し後遺症に苦しんでいた。 異なる文化、世代が自然に出会い、何かが生まれる過程を大切にした。日本もその貴重な場だったか。
「週刊新潮」2024年9月19日号 掲載
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