「インド太平洋」を超える地域戦略を問う【寄稿】
キム・ヤンヒ | 大邱大学経済金融学部教授
韓国は話者によって東アジア、アジア太平洋、インド太平洋など地域名が角逐戦を繰り広げる地政学的断層線に位置している。米国は東アジアの主導権を握るためにアジア太平洋地域を前面に出して自国を編入させ、ついに日本と手を組んで「インド太平洋」という空間を創り出すと共にインドを呼び寄せた。このようにして、中国がインド太平洋地域の一員なのかは不明だが、韓国はどこにでも属するとされる奇妙な状況が続いている。 英語文献の中の登場頻度(Google Books Ngram Viewer)にもこのような変化の流れが現れている。「東アジア」は2004年をピークに減少を続けているものの頻度そのものは絶対的に高い中、「アジア太平洋」は1990年代半ばから増加し、2018年をピークに減少傾向に転じた一方、「インド太平洋」は2010年以降上昇傾向にある。 欧州と中東で火炎が絶えない未曾有の状況に加え、ロシアへの北朝鮮軍の派兵によって、米国の前庭であるインド太平洋まで不確実性が高まった。今は2週間後に迫った米大統領選挙でカマラ・ハリス候補とドナルド・トランプ候補のどちらが当選するかを予測するよりも、誰が大統領になっても予測されることに備える時だ。 トランプ候補が当選した場合、「インド太平洋経済枠組み」(IPEF)を廃棄する可能性が高いものと予想される。これは、日本、オーストラリア、インド、韓国など、米同盟と友好国14カ国の間で結ばれた米国のインド太平洋戦略の経済バージョンだ。サプライチェーン、クリーン経済、公正経済、貿易の4分野のうち、米国が事実上排除した貿易を除き、3分野の協定が今月発効された。しかし、2017年の環太平洋経済パートナーシップ協定(TPP)の脱退から大統領の任期を始めたトランプ氏は、インド太平洋経済枠組みを「第2のTPP」と呼び、当選直後に廃棄することを公約に掲げた。しかもIPEFは、廃棄するのに議会の批准は必要ない行政協定だ。 トランプ氏の脱退公言はIPEFの存在感が薄いことを示している。これはすでに、グローバルな安保危機と米大統領選で動力を失った状態だ。しかし、トランプ氏がインド太平洋戦略の設計者だったことを考えると、脱退はインド太平洋戦略の廃棄ではなく、戦術の変化に過ぎない。だからといって、この協力体の使い道を否定するのは難しい現実に向き合わなければならない。中国はもとより、友好国の日本でさえも相互依存性の武器化を振り回し、苦境に立たされた韓国は、世界初のIPEFのサプライチェーン協定を積極的に活用しなければならない。世界貿易機関(WTO)多国間主義が形骸化したいま、韓国の不利益を最小化するためには、サプライチェーン協定のような新興国際ルールの制定に積極的に参加しなければならない。生き残りをかけて戦わなければならない冷酷な時代に、国際迷子にならないためには、二重三重の集合的保護膜が切に求められる。 したがって、米国のIPEF脱退如何にかかわらず、韓国の地域戦略の軌道修正が急がれる。第一に、これを反中連帯ではなく、中堅国間の経済協力体として明確に位置づけなければならない。実はあまり知られていないが、米国がこの協力体をめぐり反中連帯の色を強めようとするたびに、それを止めたのは日本であり、米国を含むすべての参加国が中国を過度に刺激しないよう台湾の参加を拒否した。米国が離れても、IPEFには他の参加国とともに域内の中堅国間の経済協力体として建て直す価値がある。 第二に、今からでも現政権は、インド太平洋戦略が前政権の新南方政策を受け継いだものであることを再度宣言すべきだ。韓国は米国の戦略に便乗するのではなく、韓国独自の政策と共通分母を持った戦略で協力するスタンスを取ってこそ、東アジアとアジア太平洋で韓国の自律的な戦略空間を広げられる。そうしてこそ、米国が抜けてもIPEFを存続させる意義も生まれる。 第三に、自らをインド太平洋という地政学的空間だけに閉じ込めてはならない。尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権は「グローバル中枢国家」構想で東アジア、アジア太平洋などとの協力も提示したが、実際には韓米日協力とインド太平洋戦略にほぼ全賭けし、冷戦秩序への退行を招いた。あまり注目されていないが、韓中日が共に加入した東アジア唯一の経済協力体である地域的な包括的経済連携協定(RCEP)は、他の自由貿易協定にはない常設の支援機関(RSU)を設置している。これに対し、欧州連合(EU)の母体となった「欧州石炭鉄鋼共同体」(ECSC)の「高等機関」のように、これを透明で民主的な地域ガバナンスに育んでいく大胆な想像もしてみよう。ユーラシアではEUはもちろんロシアとも対話し、中堅国の連帯であるミクタ(MIKTA・メキシコ、インドネシア、韓国、トルコ、オーストラリアの協力体)にももっと関心を傾けよう。 幸い、地球上には中堅製造革新強国である韓国と手を組もうとする国が少なくない。朝鮮半島に戦雲が漂う絶体絶命の時間だ。 キム・ヤンヒ | 大邱大学経済金融学部教授(お問い合わせ japan@hani.co.kr )