リストとショパンの絶妙リンク──阪田知樹の注目公演
いま最も多忙をきわめるピアニストだろう。年末に31歳の誕生日を迎える阪田知樹の2025年1~3月期は、リストのピアノと管弦楽のための作品ばかり4曲(!)というチャレンジングなコンサート、そしてそれに絶妙にリンクする卓抜なショパン・リサイタルで始まる。 【画像】その他の写真 「リストは私のピアニストとしての活動の中心となっている作曲家です。『リストといえば超絶技巧』と捉えている方も多いと思いますし、じっさい、どうしてもその華やかな技巧が前面には来ますけれども、それだけではなく、音楽を伝える、音楽を表現するという欲求がすごく強かった人です。私の中ではそれがリストの魅力。そんなリストの真髄、リストの本当の魅力をお届けできたらいいなと思っています」 2023年秋に、ラフマニノフのピアノ協奏曲全曲(協奏曲4曲+パガニーニ狂詩曲)を一公演で一気に弾き切るという壮大な挑戦で大喝采を博した阪田。今度は得意のリスト。協奏的作品4曲を一夜で弾く。 リストの協奏曲4曲を一気に! 「リストの書いたピアノと管弦楽のための曲は軽く10作品以上あるので、全部取り上げるのは無理。最も意味があると思われる主要な4曲をセレクトしました」プログラムは演奏順に、 ・ピアノ協奏曲第2番 ・死の舞踏 ・ピアノ協奏曲第1番 ・ハンガリー幻想曲 協奏曲第2番は、阪田がつねづね「ロマン派の協奏曲の中でいちばん好き」と公言している、とりわけ愛着のある作品だ。 「リストのピアノ協奏曲と言えば、一般的にはまず第1番を思い浮かべると思いますけれども、 私は今回の4曲のなかでも、最も興味深く、最も独創的な作品が《ピアノ協奏曲第2番》だと考えています。 もちろん技術的な華やかさもあるのですが、それよりもオーケストラとの親密な対話、密なアンサンブルが要求されます。管弦楽作品と言ってもいいぐらいにオーケストラが充実していて、オーケストラのための交響詩にピアノ独奏が入ってきたような楽曲なのです。 天使と悪魔が同居しているような、美しい抒情的な部分と悪魔的なドロドロした部分があって、そこから物語性が見えてくる。とてもオペラ的というか、ある種、ワーグナーの楽劇に近いところを持っている楽曲だと思うのです。 最初に出てくる旋律が順番に変化していって、最後にまったく別の形に生まれ変わって音楽になる。きわめて充実した、とても好きな作品です。 《死の舞踏》はグレゴリオ聖歌の〈怒りの日〉を主題にした変奏曲のような作品。 「2016年にフランツ・リスト国際ピアノコンクール(ハンガリー・ブダペスト)で優勝したときに決勝で演奏した楽曲。思い出深い作品です。おどろおどろしいタイトルどおり、すごくデモーニッシュな音楽ですけれども、グレゴリオ聖歌の旋律をもとに書いているということもあって、古い音楽へのオマージュ的な部分が見える部分もあったり。きわめて興味深い作品です。先述の“天使と悪魔”の協奏曲第2番との組み合わせがいいなと思っています」 後半の2曲、《ピアノ協奏曲第1番》と《ハンガリー幻想曲》には、リストのピアニストとしての系譜やハンガリー人としての出自が映り込んでいる。 「リストはカール・チェルニーの弟子で、そのチェルニーはベートーヴェンのお弟子さん。つまりリストはベートーヴェンの孫弟子ですから、間接的にとはいえベートーヴェンから教えを受けているという自負を持っていたと思います。じっさいベートーヴェンの作品をたくさん演奏していましたし、ピアノ・ソナタ全曲の校訂版も手がけたぐらいで、ベートーヴェンの音楽に対する尊敬をつねに忘れなかった人です。 ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番《皇帝》を、数えきれないぐらい弾いたと語っている記述も残っているのですが、彼がこの《ピアノ協奏曲第1番》を、《皇帝》と同じ変ホ長調で書いたというのは、『私はベートーヴェンの伝統をもって存在する作曲家である』という決意表明みたいな意図があったと思うんですね。 勇壮なステートメントを打ち立てるような冒頭部分。最初に長大なカデンツァがあって曲が始まるという形式も、《皇帝》を踏襲しています。ベートーヴェンへのオマージュ的な面があって、彼自身にとってもひじょうに重要な作品だったと思います。私が高校生のときに初めてオーケストラと演奏したピアノ協奏曲でもありますので、自分にとっても大事なレパートリーです」 作曲家の系譜に直接連なる阪田知樹のリスト 「リストの協奏曲を代表する名曲ですから、コンサートの最後を協奏曲第1番で終えることも考えたのですが、音楽的にポジティブな要素が強いですし、まだ続きがあるような終わり方でもあるので、ここは《ハンガリー幻想曲》で終わったほうが締まると考えました。ある意味ちょっと長いアンコール的な感じで、それが楽曲の雰囲気ともすごく合うと思います。 その《ハンガリー幻想曲》は、正確には《ハンガリーの民謡旋律による幻想曲》。《ハンガリー狂詩曲第14番》をオーケストラ用に書き直した結果できた曲なので、いわばハンガリー狂詩曲の拡張版のような作品です。リストはたとえハンガリー語を話さなかったとしても、自分がハンガリー人だという愛国心を持っていた人ですから、この幻想曲も、熱を込めて書いていると思います。私もハンガリーのコンクールで優勝しているので、ハンガリーにはある意味で第二の故郷のような特別な気持ちがあります」 阪田は、こうしたリスト作品を、リストの系譜に連なるピアニストたちに直接学んできた。 「ピアノ協奏曲第1番は、長くお世話になったパウル・バドゥラ=スコダ先生のもとでみっちり勉強した協奏曲のひとつなんです。一般的なイメージとしてはバドゥラ=スコダといえばモーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトなどウィーンの作曲家とリンクするピアニストだと思いますので、リストというのは意外かもしれませんが、彼の先生はエドヴィン・フィッシャーで、その先生がマルティン・クラウゼといって、リストの直接のお弟子さんなんですね。さっき申し上げたように、そこからベートーヴェンにもつながるわけですが、その系譜から、バドゥラ=スコダ先生は自分もリストの伝統の中にいるんだといつもおっしゃっていました。この曲をレッスンに持っていったときも、この曲は得意で、よく弾いていた時期があるんだと言って、CDをくれました。そんな思い出もある曲です。 第2番の協奏曲のほうは、やはり私がお世話になったハンガリー人のピアニストのタマーシュ・ヴァーシャーリに習いました。最近は指揮のほうがメインになってしまいましたけど、ピアニストとしての彼は協奏曲第2番が大の得意曲でした。彼は先生がアニー・フィッシャーで、その師は作曲家・ピアニストのエルンスト・フォン・ドホナーニと、ハンガリーの系譜です。 自分がこれまでそんなふうに演奏し研究してきたリストという音楽の真髄を、この演奏会でお伝えできたらと、私自身も楽しみにしています」 ショパンの全像を聴く、前奏曲集+練習曲集=全48曲リサイタル 3月にはショパン・リサイタル。「これは普通にショパン・リサイタルです」と笑うが、《12の練習曲 Op.10》《12の練習曲 Op.25》に《24の前奏曲 Op.28》を合わせた48曲のプログラム構成は、かなり独自だろう。 「そうですね(笑)。じつはまず裏のテーマとして、1月のリストとつながっています。ショパンの《12の練習曲 Op.10》には有名な逸話があります。作曲してすぐにリストに見せたとき、なんでもすぐに弾けるはずのリストが、『ちょっと待って』と1週間ぐらい雲隠れしたというんですね。そして戻ってきて、じつに見事に弾いた。それを聴いたショパンが、『あの演奏の仕方を盗みたい』と言ったのだそうです。そのように敬意を表して、ショパンはこの曲をリストに献呈しているわけです。 Op.25のほうは、リストが当時交際していたマリー・ダグー伯爵夫人に献呈されています。たぶん、リストがOp.10を見事に弾いたのを念頭において、オマージュの意味で、全24曲の練習曲集を、リストとそのパートナーに献呈したのでしょう。そういう意味で、ショパン・プログラムではあるのですけど、リストとの関係性も隠れているんです」 そしてなにより、前奏曲集との組み合わせが注目される。 「やっぱりそこが疑問ですよね(笑)。ショパンの練習曲を全曲演奏するなら、前半にOp.10、休憩後にOp.25を弾いて終わるのがだいたい普通です。あとはそこに《3つの新練習曲》を足すかどうかぐらい。 今回私はこの24曲を後半にまとめて、前半に《24の前奏曲》を置きました。リストへのオマージュである24曲の練習曲を、ショパンの美点が凝縮された24の前奏曲と組み合わせる。“24”ずつという数字がきれいでしょう? でも、はっきり言って自殺行為的なプログラムです(笑)。 ただ、私が好きなピアニストのひとり、アルフレッド・コルトーが1952年に来日したときにこのプログラミングでリサイタルをしているんです。ハンガリーのゲザ・アンダも同じプログラムでリサイタルをした記録があります。私も31歳の最初の挑戦としてチャレンジしたいと思います」 もちろんそこには阪田らしい意図がある。 「前奏曲集は、技術的には練習曲に匹敵するぐらい難しい楽曲ではありますけれども、音楽的に、ショパンらしい歌心のある、彼の美点が前面に出た作品です。ショパンをよく“詩人”と形容しますけれども、まさにそれがふさわしく、24篇の詩とも言えるような曲集です。曲によっては30秒ぐらいですので、詩というよりむしろ、俳句や短歌というほうがいいかもしれませんね。 練習曲集も、もちろんショパンならではの美しさに彩られていますけれども、音楽的には、技術面を追求している部分があります。1曲を通して同じテクニックに終始する曲が多く、要求されている技術もきわめて高いものですが、なおかつきわめて音楽的に演奏されなければならない。いわばピアニストとしてのショパンの、24種類の技術の展覧会のような楽曲です。リストもそうですが、自身がピアニストとして卓越した人が練習曲を書くということは、自身の技術を集約した楽曲になるわけですよね。 そんなわけで、ショパンの音楽的な24の側面と、ピアニストとしてのテクニカルな24の側面の両方を、この48曲の小品を通じて聴いていただける。つまり、ショパンという音楽家の全体像を一日でお聴きいただけると思います。 今の阪田知樹が、この48曲をどのように演奏するかというのは、自分の中でもひとつの問いかけですし、自分で組んでおいて言うのもなんですが、ピアニストに対する試金石のようなプログラムで、大したものです(笑)。 東京オペラシティのコンサートホールは、ソロ・リサイタルをやるうえでも本当に良い音響のホールだと、弾くたびに思っています。貴重な一夜になると思います」 阪田知樹に話を聴くのはいつも楽しい。彼ならではの動機づけで、次々に面白いことばかりやってくれるという印象。並行して作曲活動も続けていて、1月のリストの協奏曲コンサートの前には神奈川フィルのために書いた委嘱作品の初演もある[1月11日(土)神奈川県立音楽堂]。2025年も阪田知樹から目が離せない。 取材・文:宮本明 阪田知樹 リスト~ピアノ協奏曲の夕べ 2025年1月23日(木) 19:00開演 サントリーホール 大ホール (東京都) 阪田知樹 ピアノ・リサイタル 2025年3月14日(金) 19:00開演 東京オペラシティ コンサートホール(東京都)