ソフトバンク和田投手、地元島根からねぎらう声…日米で22年間165勝
プロ野球・福岡ソフトバンクホークスの左腕エースとして活躍した島根県出雲市出身の和田毅投手(43)が現役引退を発表した5日、高校時代の関係者らは、日米通算165勝を挙げたパ・リーグ最年長投手に、「島根の誇り」「ここまでよく頑張った」と22年間の現役生活をねぎらった。(門脇統悟、佐藤祐理) 【写真】甲子園で浜田高の試合を観戦する右から和田さん、梨田さん、清水さん(2022年8月)=永井秀典撮影
和田投手は浜田高で2度の甲子園出場を果たし、早大を経てプロ入りした。同高野球部の先輩で、北海道日本ハムファイターズなどプロ3球団で監督を務めた梨田昌孝さん(71)は「高校時代はコントロールが悪くて、真っすぐの球速も120キロ台後半止まり。不断の努力と周囲の支えがなければ、ここまでの投手にはなれなかったと思う」と振り返る。 梨田さんは4日に連絡を受け、「9月頃から(引退を)考えていた。思うようなボールが投げられないので、引退します」と伝えられた。浜田高が2022年夏の全国大会に出場した際には、同じく同高OBで元プロ野球選手の清水雅治さん(60)と3人で甲子園のスタンドから応援した。 梨田さんは「これからも野球に携わる仕事をしていくと思う。プロ、アマ問わず、野球界全体に貢献してくれなきゃいけない存在だから」と期待を込めた。 浜田市役所で秘書係長を務め、浜田高時代にバッテリーを組んだ田中寿さん(44)は「まだ続けると思っていたので、本当にびっくりした」と驚きを隠せない様子。5日未明、野球部仲間でつくるグループラインに、「もう引退する」という短いメッセージが届いたという。 田中さんによると、入部時は外野手だったが、不振の上級生らに代わって登板した試合での好投が、投手の原点という。下半身を強化するため、「走り込みは誰よりもやっていた。打撃練習や外野の守備練習もしていたが、それ以外はずっと外野を走っていた」。
当時のエピソードについて、田中さんは「マウンドではよくボールに何かつぶやいていた。『ここは絶対に抑えるぞ』とか言っていたんだと。負けん気は強かった」と述懐。「当時は誰もプロに行けるとは思っていなかったが、誰よりもうまくなるために練習を重ねたはず。『ここまで、ようやったなあ』と声をかけたい」と誇らしげに語った。 和田投手は、出雲市で自身の名前を冠にした少年野球大会を毎年12月に開催しており、今年も出席する予定という。和田投手の弟で島根中央高の男子硬式野球部監督の和田誉司さん(41)は「長い間、お疲れさまでした」とねぎらい、「時間ができたら、島根の高校野球界全体に力を貸してほしい」と願った。