文化をはぐくむ再開発とは?吉川稔の「つくらない都市計画」
終わることなく繰り返される東京の再開発。この流れはいつまで続くのか──「つくらない都市計画」を実践する東邦レオの吉川稔代表の取り組みや考えに迫った 【写真】知る人ぞ知る!?有楽町の新名所「SLIT PARK」
東京国際フォーラムの向かいに、うなぎの寝床のような細長い公園ができた。名前は「SLIT PARK」。休憩する人やオフィスを抜け出して仕事をする人たちの姿が心地よさげだ。飲み物や軽食を売るキッチンカーやDJブースがあったりするものの、常に稼働しているわけではなく使われ方はその時次第。特定の用途が決まっていないからこそ、逆にどんな用途にでも使える柔軟な公共空間で、一度訪れたら忘れがたい印象を残す。頻繁にトークイベントが行われ、アートイベントのレセプションが開かれることもあるという。 もともとはビルとビルの隙間の狭い路地で、放置自転車の多い薄暗い駐輪場だったという。ここを公園にしようと発案したのは緑化事業を手がける東邦レオの吉川稔。三菱地所と地権者らによるエリアマネジメント協会のイベントでここを見つけ、「高層ではないヒューマンスケールな高さのビル。その隙間から見上げる空が気持ちよい」と三菱地所に提案。
吉川がリノベーションを手がけ話題となったのはこれが初めてではない。2018年には九段下にある築100年近くになる旧山口萬吉邸を、つくられた当時の姿そのままにリノベーションし「kudan house」と名付けた。アートやファッション関連のプログラム、世界的ブランドの取締役会などさまざまな形で活用される話題のヴェニューだ。 吉川がランニング中に廃屋同然となっていた同邸宅を見つけ、所有者に連絡を取りリノベーションと20年間の期限つきでの運営を任された。懇意にしている建築家の隈研吾らに相談をしたところ「できるだけ変えず、元に戻したほうがいい」と言われ、LED照明への切り替えは行なったものの、照明の外装や建物の外観は竣工当時と同じになるよう心がけた。 この「kudan house」以後、吉川は青山一丁目にある「青山ビルヂング」など古い建物をそのまま残すリノベーション案件に積極的に関わるようになる。 「人工物である建物も50年くらいたつと味わいが出てきて生命が宿り、そこにある自然環境のような存在感が出てきます。よく、ヨーロッパの古い街並みと違って東京はごちゃごちゃしているという否定的な声も聞きますが、1960~70年代につくられた東京の街並みは世界的に見てもユニークで個人的にも好きです。 当時の建築家たちの才能が開花した建物、今では実現できない豪華なつくりの建物も多い。それが今、60年ほどの時を経て次の成熟期を迎えているのがかっこいいのに、それを潰してしまったらもったいない」 吉川が大きな影響を受けた人物のひとりが東京大学で都市工学を教える横張真(よこはりまこと)教授だ。彼が提唱する「つくらない都市計画」というテーマに感銘を受け、コロナ禍が始まった2020年には同名のオンライントークイベントを企画。アートや建築などさまざまな業界の著名人をゲストに招いた。 「すべてを『つくらない都市計画』にする必要はないけれど、もうつくらなくてもいい都市もあると思うし、そこでは新しい計画を展開したい」と共感者を増やす狙いがそこにはあったようだ。それにしても、なぜ東京ではこうも再開発が続くのか。 「よくデベロッパーが悪者にされるけれど、それだけではないと思います」と吉川。 「まずは都心で暮らしたい、働きたい、遊びたいというニーズがあります。土地代の高い都心でそれを提供すると、高層化して床面積あたりの価値を最大化したほうが経済合理性にもかなうので、デベロッパーはそのニーズに応えているだけです。 でも、今、潮目が変わりつつあります。IT技術の発達で働くのに必ずしもオフィスに行く必要がなくなり、買い物もオンラインで済むようになってきている。まだそれほど顕在化していないけれど、今後、都市の床面積はそれほどいらなくなるはず。 一方、IT化が進んだ社会でも変わらないのは、人は人が好きだということ。僕自身、オンライン化が進むほど、たまにリアルに人に会う価値が高まっているのを感じます。そんな中、オフィスでも店でもない、特定の用途が決まっていない場所が重要になると思っています。人々はそういう場所で出会い、語り合い、共鳴し文化が生まれる。これからはそうした文化合理性を生む場のほうが重要になってくるんじゃないかと思います」 東邦レオが仕かけるのはそうした文化合理性の「場」で、そこで行われるイベントではクリエイティブな人々や型にハマらない事業家、学生などと出会うことが多い。 「必ずしもマス(大衆)には受け入れられないし、そこは狙っていません。ただアートとか文化性を求める人たちには共感してもらっています」