ホームランのはずがドームの天井に阻まれて「3打席連続アウト」…あまりに不運すぎた選手列伝
“サイクルアウト”の珍記録
4月4日の阪神対DeNAで、阪神・中野拓夢が1試合2併殺打を記録した。俊足が売りで、併殺崩れに持ち込むことはあっても、併殺打に打ち取られるイメージの薄い中野にとっては、とんだ“厄日”となった。だが、過去には厄日どころか、”仏滅日”とも言うべき悲哀を味わった男たちがいた。【久保田龍雄/ライター】 【写真特集】「ピッチャー新庄」も? 「ノムさんとハイタッチ」「伝説の敬遠サヨナラ」「新婚時代」新庄監督 秘蔵ギャラリー
三重殺打をはじめ、“サイクルアウト”の珍記録まで達成してしまったのが、阪神時代の田淵幸一である。 1975年7月11日の巨人戦、1点を追う阪神は、安打と四球で無死一、二塁のチャンスをつくり、4番・田淵に打順が回ってきた。 一発長打が出れば一気に逆転という場面で、田淵は横山忠夫の2球目、内角をえぐるシュートに思わずのけぞった。ボールは避けたバットに当たり、捕手・矢沢正の前に転がったが、ファウルと思い込んだ田淵は一塁に走ろうとしない。一、二塁走者も田淵が走らないのを見て、スタートが遅れた。 矢沢はすぐさまサード・富田勝に送球。富田もセカンド・土井正三に転送し、さらにボールは、ファースト・王貞治へと送られて、あっという間にトリプルプレーが成立した。 田淵もその後、一塁に向かって走りだしたが、ボールが王のミットに収まったとき、まだ本塁と一塁の中間あたりだった。 自らの勘違いで最悪の結果を招いた田淵は「(投球が)バットのグリップエンドに当たった。シュートを避けようとしたんだけど、僕はキャッチャーのどこかに当たって、跳ね返ってフェアグラウンドに落ちたと思うんです」と納得しかねる様子。 だが、ボールは田淵のバットに当たった直後、力なくホームプレート前に転がっており、明らかにインプレーだった。
24年後に「悪夢」が再来
この日の田淵は、1打席目が三振、2打席目は三ゴロ併殺とまったくいいところがなく、単独アウト、併殺打、三重殺打のサイクルアウトを達成。さらに8回の守りでも、王の捕飛を落球した直後、命拾いした王に通算650号となるダメ押し2ランを打たれるなど、やることなすことすべて裏目に……。チームも0対5と完敗した。 それから24年後、阪神ファンは、再び悪夢を目の当たりにすることになる。99年5月27日の中日戦、1回に連打で無死一、二塁の先制機を掴むが、3番・新庄剛志が三塁正面のゴロで5‐4‐3のトリプルプレー。 さらに新庄は3回1死満塁のピンチで、立浪和義の中前安打を後逸してしまい、満塁の走者3人の生還を許したばかりでなく、三塁に進んだ立浪も山崎武司の犠飛で生還と踏んだり蹴ったり。 この試合に勝てば、阪神は中村勝広監督時代の1993年5月22日以来2197日ぶりの首位に浮上するところだったが、終盤の追い上げも及ばず6対7と惜敗。まさかの仏滅日に、新庄も「今日は全部ダメ」と落ち込むばかりだった。