企業は2023年の輸入物価下落を“還元”せず、日本版スタグフレーションの実相
重要なのは、輸入価格下落に対する大企業の対応だ。 大企業は、輸入物価が上昇したときにはそれを販売価格に転嫁して、粗利益が変わらないようにしてきた。輸入価格下落時にもこれと同じ行動をとったのであれば、輸入額の減少に対応するだけ販売価格を引き下げ、粗利益は一定に保たれたはずだ。 しかし実際には、大企業はそのような行動を取らなかった。つまり、原材料価格の低下分を販売価格の引き下げに還元しなかったのだ。これによって大企業の粗利益は増大した。 輸入価格の低下を販売価格に還元しないので、原価の低下分だけ粗利益が増加する。結局、輸入減少額-輸出減少額だけ、大企業の粗利益が膨らむことになる。 こうして、輸入価格の下落にもかかわらず、粗利はむしろ増加した。つまり、これまでとは異なる事態が発生したことになる。 ● 国際収支統計と法人企業統計で 「利益増のメカニズム」裏付け 数字で示すと次の通りだ。 22年10~12月期と23年4~6月期とを比較すると、輸入は6兆1844億円減った。一方で粗利益は3兆7061億円増えた。 また、輸出が2兆6621億円減った。輸出入差額の変化マイナス3兆5223億円は、ほぼ粗利益の変化に等しい。 繰り返せば、次の仮説が正しい(正確に言えば棄却できない)ことになる。 (1)22年10~12月期と23年4~6月期の間に、世界的インフレの沈静化と円安の進行停止(ないしは一時的な円高の進行)によって、円建ての輸入価格が低下し、輸入額が大きく減った。 もし企業が、輸入価格低下分を販売価格低下に還元したなら、粗利益は変わらなかったはずだ。しかし、そうしたことを行なわなかったので、大企業の粗利益が輸入額減少分6兆1844億円だけ増えた。 (2)他方で、輸出額は2兆6621億円減った。輸出は企業の売り上げの一部なので、売上高が2兆6621億円減少し、粗利益が2兆6621億円減った。 (3)上記の(1)と(2)により、企業の粗利益が3兆5223億円だけ増えた。これは実際の増加額 3兆7061億円とほぼ等しい。 国際収支統計と法人企業統計調査という性格の異なるデータ系列を関連付けて、以上のように重要な結論が得られたのは、驚くべきことだ。 ● 強欲資本主義に対する対策は? 企業に消費者還元迫る圧力高めよ ヨーロッパでは、企業がインフレに乗じて過剰な値上げを行い、利益を増大させたことが「強欲資本主義」だとして批判された。日本の場合も、形態は違うが価格変動を利用して、企業が利益を増大させたことは同じだ。 こうした状況下で、いかなる経済政策が必要か? 本来、必要なのは、以上のメカニズムで増えた法人所得を、臨時の特別法人税で吸収し、それを消費者に還元することだ。 だが、こうした政策は現実の世界では極めて難しい。現在の政権がこうしたことをできるとは、とても思えない。 したがって重要なことは、大企業が、輸出入価格が変動する状況で消費者の負担によって利益を増大させているという認識を広げることだ。そうした見方が広がれば、企業に利益の還元を求める世論や圧力が高まるだろう。 (一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)
野口悠紀雄